Chapter2. 神様と説明
ユキが生きていた時代。戦地に生きている者は宗教や神様というものを信じない者が多かった。
何らかの信仰を持つ者も居たが、戦場に身を投じている者の中で彼らは非常に少く、また仲間内からも敬遠されていた。
なぜなら、信仰というものは往々にして寄り合い所帯の中では諍いの種となったからだ。
戦前に対立していた宗教の信徒同士が仲間内で争い、立ち行かなくなった者たち。信仰の旗の下一致団結し、最後は口々に神を讃えながら自爆特攻で無駄死にをした集団。他にも耳を疑うような話は掃いて捨てるほどあった。
また、どこの誰とも知れぬ何かの教えを信じ、それに縋るよりも先達が打ち立てた戦術や戦地で培われた勘の方が信じられたということもあり、戦場で長く過ごしている軍人になればなるほど信仰というものを持たなかった。
ユキ自身、戦地を駆け回っていたときは信仰を持たなかったし、声高に神への祈りを口にしていた者達を敬遠する一人だった。否、こうやって死ぬまで神という存在について考えたこともなかった。
だが、こうやって目にしてしまえばなるほど神と呼ばれる存在は実在したことを理解せざるを得ない。
否。半ば強制的に理解した。
振り返った先にいた、瓦礫に腰かけた二人。
まるで、戦車砲の前に立たされたような重圧。それでいて、立ち上る雰囲気からはかつて自分達を顎で使って戦場へ送り込んでいた人間たちなど足元にも届かないほどのカリスマを漂わせている。
神々しい。そう表現するしかない二人を目にし、ユキは自然と最敬礼を捧げていた。
「堅苦しいのは好かぬ。楽にせよ。」
身の丈を越える長さの槍を杖のように持つ老人がその雰囲気を裏切らない深みある声を発する。
目深につばの広い帽子を被り、長い髭を蓄えていて、どこかみすぼらしい黒色のローブを羽織っているが、その体から溢れ出るような覇気は歴戦の武人を思わせる。左目は眼帯で隠しているが、こちらをじっと見据える叡知を感じさせる緑色の右目は大型の肉食獣の如く鋭い。
物腰は泰然としているのに、まるで今から手にした槍でもってこちらを突き殺そうとしているような不思議な感覚を覚えた。
恐らく、自分をここへと招いたのはこちらの老人であろう。
「初めまして、人の子よ。」
沈黙を保っていたもう一方が、耳心地の良い声を発した。
何が楽しいのか、空恐ろしいほどに整った顔にはニヤニヤと笑みを浮かべているが、不思議と嫌らしさは感じない。
艶のある金髪をオールバックに纏めて、服装は日に焼けたような肌を晒すように一目見て上質だとわかるそれの前をはだけさせている。
その着崩した身なりと顔に浮かべた笑みから軽薄そうな印象を受けるのだが、楽しげに細められた金色の目から、まるで突き刺すような重圧を感じさせ、その印象を裏切ってこちらもまた隙がない。
視線だけで人が死ぬのならば、恐らくこの二人はいとも簡単に自分を殺すことができるのだろう。
冷や汗が背中を伝い、頭の中で警鐘が鳴り響く。
できるのならばこの場から脱兎の如く逃げ出したいが、間違いなく踵を返した瞬間に二人はその場から動かないままこちらを殺しきることだろう。
そもそもここがどこかわからない以上逃げ場などないことは、すっかり頭から抜け落ちていたのだが。
死んでいるというのに命の危機を感じるとは、どういうことなのかと頭の隅で考えていると若い男から感じていた重圧がふと和らいだ。
「兄上よ。呼び出したのはこちらなのだから、そろそろ威圧するのも止めませんか。」
実に話しにくいと、やれやれと言わんばかりに男は肩をすくめる。
すると、老人からずっと発せられていた殺気にも似た空気が霧散する。
「我が戦の枝の資格あるものなぞ久しぶりだった故、加減を間違えた。許せよ人の子よ。」
そう言って老人はすっと頭を下げる。
そして、老人が頭を上げた時先ほどから頭の中で鳴り響いていた警鐘が嘘のように静かになった。
「こう兄上も仰っておられることだ。威圧したことと、驚かせようと君が目覚めてから暫く気配を消していたことを詫びよう。」
からからと笑いながら、どうする?と言わんばかりの視線を向けられて初めて自分が直立不動のまま敬礼していたことに気付く。
「楽にせよと命じたのは此方だ。もう一度言おう、堅苦しいのは好かぬ。」
苦笑しながら老人から言葉をかけられて、ようやく敬礼をやめる。
「まず、改めて伝えよう。相まみえる時を心待にしていたぞ。今生最新の戦の枝よ。」
しかし。と老人は続ける。
「汝は未だ戦の枝なれども英雄足りぬ。故に、名は明かせぬ…。が、それでは此方への問い掛けすら難儀しよう。我のことはヴォダンと呼ぶといい。」
少しばかり残念そうに、ヴォダンは嘆息を漏らす。
「そう兄上からのお達しでね。悪いが僕も名乗らない。そうだね、僕のことはローゲと呼ぶといい。」
笑みを崩すことがないまま、ローゲはごめんねと嘯く。まったく、申し訳なさそうには見えなかったが。
「ありがとうございます。ヴォダン様、ローゲ様。自分は―」
「よい。識っておる。」
返礼として名乗ろうとして、ヴォダンからそれを遮られた。
「ユウキ・サイオンジ。いや、ユキと呼ぶ方が良いか?」
「ユウキ、ですか…?申し訳ございません。その名に聞き覚えはございません。ユキとお呼びいただければ幸いです。」
初めて聞く名前だった。もしかすると、それが本当の名前なのかもしれない。
だが、皆から18年間呼ばれ続けた名前以外を名乗る気など起きなかった。いや、そう以外呼ばれたくなかったのかも知れない。
そんなこちらの心中を察する様子もなく、ヴォダンは鷹陽に頷くと話を続けた。
「ふむ。あいわかった。して、ユキよ。まずは人として。そして、戦士としての十余年の生。大義であった。汝が産まれ落ちこの方までその生しかと見届けさせてもらった。」
しかし。そう頭を振りながらも続ける。
「汝は未だ英雄として我が軍勢に加わり、来るべき黄昏にて戦地を駆け抜けるには余りにも未熟。故、本来ならば黄金の館に召し上げるのを捩じ曲げ此処へと招き、汝に一つ使命を与えることとした。」
「ふむ。訳がわからないという表情をしているね。」
ローゲが、ここで初めて笑みを崩し少しばかりバツの悪そうな顔をしながらヴォダンをたしなめた。
「兄上はおおよそ全てを知る者ゆえに、性急に過ぎる。皆が皆、兄上の様に賢しくはないのだから少しばかり説明をしなければ混乱を招くばかりだろうに…。」
そう言って、ローゲは視線をこちらへと戻すとまた先程のような笑みを浮かべながら語り始めた。
「悪いね。兄上は性急にことを進める悪癖があってね。まずは、そうだね。ここに、君を呼び一席設けた理由を説明することにしようか。」
本当に楽しそうにしながら、彼は語り続ける。
「まず、君は普通の人間と比べて遥かに頑強な魂を持って産まれた。そう、神の軍勢に加わることのできるほど強い魂だ。誇っていいぜ。ここ数千年の間、一切君たちの世界で産まれていなかったのだから。」
魂と言われてもしっくり来ないが、どうにもまだ話は続くらしいので黙っていることにした。
「そう、兄上の持つヴァルハラに招かれるべき戦の枝だ。光の子女達も君が誕生したとき大いに祝福していたものさ…。まぁそれはさておき、問題があるのはそこからだ。君の人生は、余りにも戦いに彩られ過ぎた。」
ローゲの言葉を受けて、ヴォダンはまた一つ嘆息する。
「然様。汝は本来ならば、確と定められた運命を歩み、何れは地球にて行われている戦禍を収める英雄として死すべき星の下産まれたはずであったのだ。しかし。」
瞬間、肌が粟立った。ヴォダンから立ち上った怒気に圧されて歯がカタカタと震える。
それに、気づかないまま憤懣やる方ない様子でヴォダンは声を荒げる。
「しかし!他所の阿呆が運命を捩じ曲げた!!遥か悠久の我らが盟約を破り、汝の運命に介入せしめたのだ!本来ならば覇道を歩み、我が英雄となるべき人の子を、ただの戦争機械へと成り下がらせた!!」
「兄上!折角出し抜きここへと呼び出したのに、奴等に悟られます!抑えてくだされ!!」
自らに向けられた怒りではないことはわかる。だが、その怒気に当てられるだけで気を失いそうになった。
見かねた様子でローゲが叱責し、ようやく気が遠くなるほどの怒気が霧散する。
崩れ落ちかけた膝を叱咤して、どうにか取り繕い「気にしておりません。」と伝えるとどこか申し訳なさそうに彼らは顔をしかめた。
「むう。あいすまぬことをした、許せ。」
「頭を下げるのは、後にしましょう。…兄上、少しばかり冷静さを欠いておりますゆえ、以降の説明は僕がしましょう。」
むっと、一瞬ヴォダンは不満げな表情を浮かべたが頭を振ると先を促すように頷いた。
「ユキ君、すまないね。見ての通り、兄上は今回だいぶお冠でね…。さて、聞いての通り本来英雄となるべき君の運命を捩じ曲げた奴が居てね。君は英雄としてその魂が成熟する前に命を落とした。まぁ、そこで終わってしまえばこちらとしては面白くない。本来、僕らの管理下にあるはずの魂を一人、貶めた奴の思惑通りに成ってしまうからね。」
そこでだ、ローゲは人差し指を立てて、まるで悪戯を思い付いた子どもの様な笑みを浮かべた。
「君には、転生をして貰おうと思っている。」
本当に何でもないようことの様に、そう言い放ったのだった。
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あと二話ほど神様とのお話は続きます(震え声)