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一.邂逅の四月(7)

 公園で警察官から立ち退きを迫られ、おれたちはすごすごと「千夜せんやハイツ」へ戻った。

 陸奥むつの「どうせなら、北条ほうじょう君の部屋で二次会をやろうじゃないか」という号令一下、おれの意思とは無関係に一〇一号室で宴会は継続した。


 時刻はすでに深夜三時を回っており、酒豪の面々もようやく自室へと引き下がった。


「二人とも、後はもういいから。部屋に戻って休んで」


 おれは台所で洗い物やゴミの分別を手伝ってくれていた麻里亜まりあれいに声をかけた。

 二次会とやらで部屋中が散らかったものの、二人の献身のおかげで大方は片付いた。


 そもそも水周りなどは元から綺麗ではなかったのだが、それすら麻里亜が気合いで磨き上げてくれた。

 クリーム色の壁紙は角部分がところどころめくれて剥がれ始め、フローリングには抉れた傷が目立った。

 ステンレスの流し台だけは光沢を保っているが、蛇口のネジや留め金には錆が浮き、流石に年月を感じさせた。


「はい。もうすぐ終わります。玲ちゃん、そろそろ引き上げましょうか」


 麻里亜は洗い終わった食器を立てかけて、自室から持ってきた白いエプロンで手を拭った。


「あっ、私、もうちょっと掃除していくから……」


 玲がゴミ袋の口を縛りながら言った。

 ブレザーのままなので、ちょっとした拍子に健康的な肌が覗いて目のやり場に困った。


「もういいから。元から綺麗にしてたわけじゃなし。もう二時だし、今日は疲れただろうから、早く寝るといい」


 おれは酒瓶をまとめて玄関に出し、散らかったスリッパを壁際に寄せ集めた。


「だって……まだ管理人さんにご飯も作ってないから。朝ご飯だけでも、と思って」


「え?ご飯?」


 麻里亜が声を上げた。


 リビングを経由してダイニングキッチンに戻ると、目を丸くして佇む麻里亜の姿が飛び込んできた。

 おれは玲に聞いた。


「おれの朝ご飯って聞こえたけど、何のこと?」


「前に約束したでしょう?ここに置いてくれたら何でもするって。管理人さんのご飯を作るって言ったのに、できてないから」


「……ああ、あのときの。気にしなくていいよ。無理しないでいいって言ったろう?」


「でも、私無理してないから。管理人さんの役に立ちたいんです」


「あ、そう……」


 真っ直ぐな瞳に見据えられ、おれは二の句を継げなかった。


「でもね、玲ちゃん。もうこんな時間だし、管理人さんも休めないだろうからまたにした方が……」


「管理人さん。それなら、朝になったらご飯作りに来てもいいですか?」


「ご飯……いいのかな?」


 おれは麻里亜に助けを求めたが、彼女は「さあ」と声を出さずに口だけ動かして、エプロンを紐解いた。

 気のせいか少し怒っているようにも見えた。


 そうして行きがかり上、翌日から玲が朝食を作りに押し掛けてくることとなった。


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