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一.邂逅の四月(4)

 四月もあと幾日かを残すばかり。

 れいが「千夜せんやハイツ」に転がり込んできて早十日が経った。


 住民票で確かに一宮いちのみや氏との婚姻関係を認め、今では二〇三号室で寝起きさせていた。

 一宮氏の私物から玲の分の健康保険証も出てきたので、二人の関係に疑いはない。


 そうなると次は「既婚者」であることと、「契約者ではない」ことから退去を求める他になく、おれは重ねて行き先を探すよう説得した。

 現状はあくまで緊急避難であり、常態化を許しては規律が歪む。

 何より、おれは管理人であっても大家ではないのだ。


 二十二時を回り、エントランスの戸締まりをしようと廊下に出ると、半開きになった管理人室の扉から、光と声が漏れているのに気付いた。


「誰かいるんですか?もう遅いから閉めますよ」


 声をかけると、宏美ひろみ白川しらかわ氏が缶ビールを傾けていて、ソファには玲が丸くなって収まっていた。


「あっ、千尋ちひろ。ちょっと、一杯付き合いなさいよ」


 宏美が手つかずの缶ビールを片手に手招きした。

 おれは重ねて「もうお開きにして。エントランスを閉めてくるから」と念押しして、室内には入らずエントランスへ向かった。


「管理人さん!」


 玲が追いかけてきて、外扉をロックしているおれの後ろで立ち止まった。


「どうしたの?引っ越し先、見つかった?」


「違うの。再来週、三者面談があって……」


 玲は高校三年生で、確かに春先は進路をどうするか決めなければならない時期だ。

 今時の高校生であれば大抵は大学進学を志すわけで、それをモラトリアム志向ととらえるか、或いは感性や人間性を磨く修行期間ととらえるかは当人の心の持ちよう次第だろう。


「ふうん。進路の相談かい?」


「違うの。誰か、面談に来てくれないと……」


「えっ?」


 理解が及ばず、おれは内扉もロックして、玲を伴って管理人室応接へと舞い戻った。

 宏美たちはまだだらだらと飲んでいて、おれたちの姿を見て意味不明に笑声を上げた。


「千尋!あんた、玲ちゃんの学校に行ってあげなさいよ。どうせ暇なんでしょ?面談に保護者がいないと、可哀想じゃないの」


「……何でおれが?」


 宏美の提案におれは真っ向から対決する。


「ここの管理人さんですからね。住人の親代わりみたいなもんです」


「白川さん、おれはまだ二十三の小僧です。勝手に親代わりにしないでください。あなたたち二人みたいな、大きなこどもはいりません」


「殺生……」


 おれと白川氏のやりとりを見て、宏美が椅子をこちらに向けてきた。


「いいから。あんた、行ってあげな!私は仕事があるの。それとも何?不都合なことでもあるの?」


「不都合なんじゃなくて、行く理由がない」


「あるわよ。玲ちゃんがあんたでいいって言ってるんだから」


「酔っ払ってるだろ……。おれは保護者役をやるつもりなんてないぞ」


「この薄情者!冷血漢!玄人童貞!」


 宏美の誹謗中傷に反応して、玲がまじまじとおれを見つめた。

 おれは軽く首を横に振って、「高校生の前で、不適切なことを言わないように」と本気で注意した。


「いいから行けって!このあたしに逆らうっていうの?」


 椅子の上であぐらをかいているので、啖呵を切りながらもスカートの中は丸見えだ。

 おれは「宏美、スカート」と指摘してから、強引に二人を追い出しに掛かる。

 玲には、「普通は家族が行くもので、他人が口を挟む問題じゃない」と杓子定規な説明をしつつ、今夜のところは保留ということで部屋へと帰した。


 白川氏も一〇三号室の中に消え、泥酔気味の宏美に肩を貸して階段を昇った。


「大丈夫かい?……飲み過ぎだ。明日、遅刻する」


「……千尋、やさしい」


 宏美はグスッと鼻をすすり、「課長の馬鹿野郎!」と怒鳴り始めた。

 何のことはない、仕事の憂さ晴らしに飲み明かしていたのだ。


 二階にたどり着くと、一番手前の二〇一号室の扉が開いて、スウェット姿の律子りつこさんが出てきた。


「あら、管理人さんと宏美じゃない」


「律子さん、こんばんは。騒がせちゃいましたね」


「いいえ。宏美、私が連れていくから。管理人さん、後はいいわよ」


「すみません」


 逆サイドから律子さんが宏美に腕を回し、そのまま酔っぱらいの搬送を変わってくれた。


「さすがにね。こんな状態の女子を、若くて健康な男子に運ばせるわけにはいかないでしょ。おやすみなさい、管理人さん」


 おれは後ろ姿の律子さんに「おやすみなさい」と返して、階下に戻った。


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