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六.手探りの九月

六.手探りの九月



 額に貼りついた前髪の感触が水気を帯びていて鬱陶しい。

 残暑は続いており、アスファルトから立ち上る熱気は未だにゆらゆらと灰色の景色を揺らしていた。

 日焼けのした肌を惜しげもなく晒した女子学生たちが公園のベンチで姦しく談笑しており、熱中症になりやしないかと他人事ながらに心配になった。


 おれは池袋駅西口の公園で、所在無さ気に噴水の周囲を歩いていた。

 一回りしたところで一分と経たないのだが、麻里亜まりあを待つ身とあらば緊張を和らげる手段も他に思いつかなかった。


 大学の後期日程が始まり、今週はオリエンテーションに終始して禄に講義は始まっていなかった。

 学生食堂で会った麻里亜に放課後の予定を尋ねてみたところ、午後早々の講義が終われば空いていると、デートらしきものの誘いに応諾してくれた。


 そうして待つこと四十分。現れたのは麻里亜だけでなく、鈴木依子すずきよりこと見知らぬのっぽの男子学生の姿があった。

 彼が例のはやし君であることは容易に知れた。


「管理人さん、ごめんなさい。二人が暇だって言って、ついてきちゃって……」


北条ほうじょう先輩、すみません~。こいつが絶対ついていくって聞かなくて」


「林っス。よろしくお願いします!」


「……よろしく」


 四人組になったので、当初考えていた鑑賞系の娯楽のプランを脇に捨て、東口サイドにあるボーリング場へと繰り出した。


 鈴木の発案で、罰ゲーム有りの真剣勝負をすることになった。

 罰ゲームの構想は鈴木と林とで練り、すぐそばのショップでなにやら小道具の類を仕込んでいた。


 平日の午後ということもあり、レーンはそこそこ空いていた。

 レンタルの靴とボールを手に、おれは麻里亜に聞いてみた。


「ボーリングは得意?」


「実は……まだ二回目です」


「二回目……」


「そんな目で見ないでください。大丈夫です。やっているうちに学習しますから、本気でどうぞ。そういう管理人さんは、どうなんです?」


「埼玉では、スペアの千尋ちひろという異名で呼ばれていたよ」


「なんですか、それ?」


「ストライクはとれないけれど、やたらとスペアが多いことで恐れられたのさ」


 つまり、おれは一度に全てのピンを倒す才能はどうやら所有していないようなのだが、二投目の命中率が頭抜けて高かった。

 これは意識してそうしているわけではなかった。


「ふふ。ちょっとずれているところが、管理人さんらしい」


 麻里亜が抜群の笑顔を見せた。


「先輩、始めますよ。私たちのペアが一番と二番です」


「麻里亜、早く来い。絶対勝つぞ」


 鈴木と林がおれたちを急かした。


 四人でゲームをするのだが、勝負はペアの合計点で競われることになっていた。

 おれとペアを組むのは鈴木で、麻里亜は林によって強引に引っ張られてしまった。

 おまけに彼が麻里亜の手を握って、「麻里亜、がんばろうぜ」などと気合いを入れている様子を見させられるものだから、鈴木がおれのことを気にしておろおろし出す始末だった。


 第一ゲームの一フレーム目からおれは順調に飛ばして、やはりスペアを量産していた。

 林は力任せのパワーボーラーで、威力があるためストライクも稀に記録していた。


 麻里亜と鈴木は似たような低空飛行を続けていたが、二人ともスカートの丈が短いので、投球の度に太股の白さがチラついておれの集中力をかき乱した。


 最終の十フレームを終えて、おれは百六十三点というまずまずのスコアで個人トップを飾り、ペアも僅差で北条・鈴木組が勝利を収めた。

 罰ゲームはなんと、準備されたキットを使って、二人羽織できなこ餅を食べるという古典的なものが提示された。


 負けた側である林と麻里亜が重なって見せる狂態に、これは謀られたかとおれの不快感が増した。

 もう一ゲームを終えたところで、宏美ひろみから電話の着信があった。


「もしもし」


「あ、千尋?あのさ、あんた結婚情報サイトって詳しい?トゥインクルマリアージュとかいうやつ」


「おれが知るわけはないだろう?」


「そう。インターネット上の結婚相談所なんだけど。それでね、そのトゥインクルマリアージュって業者に登録してみて欲しいの」


「……何でおれが」


「いいから!夜までにやっておいてね。で、今夜は私の部屋に集合。いいわね?あんたが絶対登録するのよ」


「嫌だよ。わけがわからない。宏美、ちゃんと説明してくれ」


「私、仕事中なのよ。夜説明するから。私じゃなくて律子りつこのためなんだから、しっかり頼むわよ。じゃあ切るからね」


「律子さん?彼女が何か関係あるのか?おい」


 電話は切れていた。

 全く要領を得ない話であったが、宏美が命令してきた以上、従わないとどんな目に遭わされるか知れたものではなかった。


 ものは試しと麻里亜たち三人にも聞いてみた。


「俺そういうの知ってるっス。ナンパにも使われてるんスよ。独身じゃなきゃ登録できなくて、しっかりした業者だと身分証明とかも必要で」


「登録した男女がお互いにリスト検索で相手を探すやつよね?条件を指定して、収入とか経歴を見てアプローチするっていう。麻里亜、知らないの?」


「私は全然知らない」


「麻里亜は知らなくてもいいさ。何だったら、俺が結婚してやるから」


 オブラートに包まず常に直球で麻里亜に当たる林のことが、おれはだんだんと羨ましくなってきた。

 林と鈴木とに質問して概況が掴めてきたので、おれは早速登録の具体作業へと移ることにした。


「みんなごめん。今の結婚相談所の件で、ちょっと野暮用ができて。ここまでのゲーム代は払っておくから、ゆっくりしていって」


 そう挨拶して、おれは席を立った。


「管理人さん、ちょっと……」


 麻里亜が駆け寄ってきて、小声で尋ねてきた。


「今の電話、もしかして宏美さん?」


「そう。よくわかったね」


「だとしたら、その結婚相談所の件は律子さん絡みだと思います」


「そう言っていた」


「実は私も宏美さんから相談されていて……。今夜、宏美さんの部屋に呼ばれているんです」


「おれも呼ばれた」


「……私も手伝うので、ちょっと待っててください」


 麻里亜はバタバタと二人の元へ戻っていき、身振り手振りで何事か説明していた。

 林がこちらを睨んできたような気がした。


 手荷物を持った麻里亜が戻ってきて、「お待たせしました。行きましょう」とおれを促した。



 近くの漫画喫茶に入店して、インターネットが使える個室に陣取った。


 麻里亜はこういうところは初めてのようで、物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回していた。

 本棚の漫画本を手に取り、「いっぱいあるのね……」と本気で呟いていた。


 麻里亜が店内を見学している間におれは該当のウェブサイトにアクセスし、入会に関する規則を読み進めた。

 どうやらこのトゥインクルマリアージュというサイトでは、登録や検索までは無料でアクセスすることができ、気に入った相手が見つかって以降のサイトメールによるアプローチから料金が発生する仕組みのようだ。


 写真画像はアップデート必須で、お互いが登録されている条件と顔写真とで選び合うのだろう。

 独身かどうかや、職業の証明に関しては結構ザルで、「見合い」と呼ぶ顔合わせの当日に証明資料を持参することでクリアできるらしかった。


 つまり、登録しているだけでは相手の身分に対し、何ら確証を得られないわけだ。


「どうですか?」


 麻里亜が横から画面を覗き込んできた。

 カップルシートなのでそこそこスペースはあるのだが、それでも顔は大分近い位置にくる。

 麻里亜の黒々した長い睫毛がおれの目に留まった。


「ええと……今からやって、おれもすぐに登録できそうだ。写真は携帯端末のカメラで十分だし、登録して検索するだけなら延々無料だね」


「じゃあ、やってみましょう」


 プロフィールの登録は思ったより複雑で項目が多かった。

 趣味や自己紹介はともかく、車の有無とか仕事の休日、相手への希望などざっと見て三十項目以上の記載欄があった。


 おれは懸命に入力していてなんだか虚しくなってきた。


「職業は……管理職、ですかね?ペット……管理人さんは犬派ですか?では犬を希望という欄にチェックして。それから、現在は飼っていないの欄にもチェック、と」


 麻里亜は楽しそうに横から指摘してきた。

 よくよく考えてみれば、おれの詳細なプロフィールを彼女に読んでもらっているに等しく、これはこれで都合が良いのかもしれなかった。


「相手への希望……」


「それはですね、目が大きくて、長い黒髪で……俄然年下がいいですね」


「そうですか」


「はい。ついでにピアノが弾ける、と。次は、こどもは何人欲しいか。ええと……三人、と」


「そうですか……」


「残りは……と。あ」


「何ですか?ええと、これかな。性生活は……あ……」


「……あの、これ、適当に書いても?」


「……私に聞かないでください」


「では、相手に合わせる欄にチェックを、と」


「私に言わないで、いいです……」


 最後に残ったのは自由記述欄だった。

 おれはマウスをボックスに合わせてクリックし、キーボードを叩いた。


 麻里亜はおれと目を合わせようとはしないで、静かに画面を見つめていた。

 おれは勢いで、「麻里亜さんと二人でデートがしたかったです」と入力してみた。


「それは、すみませんでした。……でも、今は二人ですし」


 麻里亜がぼそぼそと小さい声で言った。

 「林君と楽しそうでしたね」と入力すると、こちらを向いて睨んできた。


「そんなことはありません。管理人さんは、何か誤解しています」


 多少声のトーンが上がっていたので、おれは口の前に人差し指を立てて、「しーっ」と抑制を勧めた。

 場所が場所なので、さすがに周りの耳が気になった。


 今度は「麻里亜さんが登録する様子も見てみたいです」とも打ち込んでみた。


「そ、それは……。時間が、時間がかかっちゃいますし。……恥ずかしいです。そうだ、管理人さんの写真も撮らなきゃ」


 こんなところだろうと思い、麻里亜をいじることを止め、プロフィール登録の完了ボタンを押した。

 麻里亜が「あっ。私の名前が入ったまま……」と心配顔で言ったので、戻るボタンを押して全て削除しておいた。


 その後、麻里亜に撮ってもらった写真を掲載して、ひとまずトゥインクルマリアージュへの登録手続きは無事に終了を見た。


 麻里亜がキーボード操作を代わって、おれの登録アカウントのままで検索条件を入力していった。

 麻里亜は検索実行を押して、アップされたリストの端から順に目を通していった。


「管理人さん、これ」


 麻里亜がピックアップした女性側のプロフィールが、画面いっぱいに表示された。


「なになに……三十一歳、女性。職業は教師。住まいは池袋で一人暮らし。数学を教えていて、彼氏いない歴が二年。年収は……って、この写真、律子さん?」


 麻里亜が真面目な顔をして頷いた。



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