一.邂逅の四月(2)
おれが独身アパート「千夜ハイツ」の管理人を始めたのは五年以上も前、高校三年生の時分である。
大家である叔父に「実入りのいいアルバイトがある」と人参をぶら下げられ、はじめは不定期で管理人室に詰めていた。
それがいつの間にか住み込みの管理人になってしまい、今では大学生兼管理人という身分であった。
地下鉄丸の内線や有楽町線、副都心線にJR各線、西武線、東武線とさまざまな路線が集まる池袋という立地と、道楽者の叔父がそこそこに拘った内装やセキュリティ設備によって、「千夜ハイツ」は順調な契約率を誇っていた。
建物自体は建造から十五年以上経つものの、鉄筋二階建ての構造は至ってシンプルで、こまめに補修も施していたので見た目は小奇麗なままである。
エントランスの外扉は、日中は開放しており、郵便受けまでは誰でも入って来ることができた。
そこから先、各部屋へ通じる内扉にはキーロックが掛かっていて、防犯カメラの映像は管理人執務室へと自動転送され、録画に回されていた。
各部屋にオートロックを採用しており、扉や窓にはわりかし頑丈な素材を用いていたので、特に女性陣に好評であった。
エントランスを抜けると正面に二階へと続く階段。右方向には各部屋に繋がる廊下が伸びていた。
右に折れて廊下を行くと、すぐ左手から管理人室、一〇一号室、一〇二号室と奥に進むに従って数字が大きくなり、一〇五号室まで存在した。
それぞれ住人は、一〇一がおれこと北条千尋、一〇二が陸奥遼一、一〇三が白川氏、一〇五が明智という具合であった。
二階も同様に、廊下左手手前から二〇一号室が始まる。住人は二〇一が伊藤律子、二〇二が柳麻里亜、二〇三が一宮氏、二〇五が矢崎宏美、二〇六が空き室、ということになっていた。
管理人兼一〇一号室のおれと行方不明になったという一宮氏を入れて、独身アパート「千夜ハイツ」の住人は総勢八名だ。
麻里亜以外の面子はいずれも複数年住み続けていて、管理人室内の応接を共用にしていることもあり、住人同士の人間関係は基本的に良好と言えた。
目下の悩みは、麻里亜に焦がれたおれと陸奥の競争状態だけであった。
一宮氏の件があるまでは。