三.十九歳の六月(3)
ようやく麻里亜の隣席に着けたのだが、左隣の工藤さんや向かいの白川氏、その隣のモデルさんたちから飛んでくる宏美絡みの質問攻勢に、おれは閉口した。
明智は陸奥や三波さんらの間で交わされている談義に巻き込まれており、場が二つに分かれている都合上支援も期待できなかった。
「宏美に未練とか、本当にないの?」
「工藤さん、実はおれには気になってる人がいまして……」
「それは陸奥さんから聞いた」
「え?」
おれは麻里亜を振り返った。
それこそおれにとってアシストになる内容のはずだが、陸奥が敢えてそんな流れに持ち込むだろうか。
案の定、麻里亜は複雑な笑みを返してきた。
それによって、これはおれが期待した流れではないのだと確信した。
「住人の、女子高生なんでしょ?北条君も隅に置けないわね~」
「そうなのです。管理人さんが女子高生を毎朝部屋に呼び込んで、率先して風紀を乱しまくっています」
「ちょっと、白川さん。その表現には語弊があります。いえ、虚偽そのものです。まるでおれが、面倒な種類の人間みたいじゃないですか」
「別に管理人さんのことを面倒だとは思っていませんがね」
「でも、白川さんだけでなくて陸奥さんも言っていたわよ。可愛い女の子で、あなたに随分懐いているんですって?ねえ、柳さん?」
「ええ、まあ」
麻里亜が曖昧に肯定した。
おれは努めて冷静に説明を試みたが、すでに相当のアルコールが回っており、工藤さんやもう一人のモデルさんの理解が及んだかは怪しいように思われた。
おれは焼酎のお湯割をくいっと喉に流し込み、ソファに寄りかかって一休みした。
ぐるりと見渡すと、各所において一対一でまったりと会話を楽しむ空気が出来上がりつつあった。
陸奥と三波さん、宏美と銀行員、明智とモデルさんという具合であった。
ただ、残されたおれ、麻里亜、工藤さん、白川氏という四人組は、どうにも相性が良くかった。
エイヒレをかじって気合いを入れ、おれは工藤さんと白川氏を引き合わせるよう挑戦してみた。
「白川さんは、確か政府系の特殊法人に勤務されていましたよね?工藤さん、すごいと思いませんか」
「えっ?意外……」
「いえ。違いますよ」
白川氏があっさりと否定した。
ということは入居時の記録から変更があることになり、厳密には賃貸借契約に違反する。
おれは現在の勤め先を尋ねてみたが、白川氏はごにょごにょとよくわからない答弁を繰り返した。
すぐに工藤さんは興味を失ったようで、おれにファッションの話を振ってきた。
胸中の失望を顔には出さないよう注意し、おれは麻里亜をちらちらと見ながら適当に相槌を打った。
「あの、白川さんのワイシャツ。たまに襟に刺繍が入っていますけど、ワンポイントのお洒落って素敵ですよね」
突如として、麻里亜が白川さんのワイシャツに関して触れた。
七三に整えている髪型とパリッとした白のワイシャツは、今日も恒例行事としてそこに存在していた。
「さすが柳さん。今日のこれもそうですよ」
襟を指さして、白川氏が得意げに言った。
工藤さんも釣られて覗き込み、「あら、ほんと」と白地に白糸で刺繍された花環模様を確認していた。
「その生地、イタリア製っぽいわね」
「おや、わかりますか?」
「艶っていうか、光に当たると違いがあるんです」
麻里亜の投げかけた話題から、奇跡的に二人が盛り上がりを見せた。
スムーズに会話から外れるために、おれは店員を呼んで焼酎を追加で注文した。
ふうと一つ息をつくと、麻里亜が同じ動作をしていて、見合わせるなり笑いが起きた。
「そういえば、麻里亜さんはずっとジュースなの?」
「当たり前です。私まだ十九ですから」
「……そこだけ聞くと、玲と一つしか違わないんだよね」
「そうですよ。私だって、まだ若いんです」
「麻里亜さんはほら。しっかりしてるから。てっきり同年代かと錯覚しちゃって。明智とか宏美の方が、余程こどもっぽいというか」
「ふふ。私、精神的に老けているんですかね。大学でも、落ち着いているとよく言われるんです」
「じゃあ、そろそろ彼氏の一人や二人、作ってもいい頃合いかと思うんだけど……」
「じゃあって、ちっとも因果関係が認められません。おまけに二人は絶対に要りません」
「なら、一人は?」
「……誠実で、面倒でない人限定ですかね。まあ、まだよくわかりませんが」
「おれ、度がつく真面目らしいよ。あと、どうやら面倒でもないらしい」
「ふふ。そんなこと、誰に言われたんです?あ、自薦は禁止ですから」
「さっき明智と白川さんがそんなようなこと、言ってなかったかな?」
「そうですね。言っていました。度がつく真面目。それでいて、学園祭で女の子にもてていたって」
「……別にもててはいなかった、と思う。確かに可愛い子だったという記憶はあるのだけれど」
「可愛かったんですね?」
「うん……確か」
「ならいいです。それ、私でしたから」
「えっ?」
完璧に虚をつかれ、我ながら間の抜けた声を上げてしまった。
「本当に覚えていないんですね。まあ、明智さんも同罪なので許してあげます。ふふ」
「……本当に?あの時の子が、麻里亜さん……」
「はい。志望大学だったから、学園祭に足を運んでみたんです。ちなみに、明智さんが言っていたみたいに、キャンパスを一緒に回ってもらおうなんて考えてはいませんでしたよ」
無理して誘わないで良かったと、おれは今更ながらに過去の自分を褒めてやりたいと思った。
「あの日は、嫌になるくらい男性から声をかけられましたね。だから、管理人さんの誠実さが際立ちました」
おれは勢い口笛を吹いてしまい、皆の視線を集めてしまった。
麻里亜はにこりと笑ってストローに口をつけた。
そのタイミングで、テーブルの上に置いたおれの携帯電話が鳴って、表示を見ると玲からの着信であった。
「もしもし?」
「管理人さん、合コンの最中にごめんなさい」
「……合コン、ではないよ。どうしたの?」
「予備校の体験授業に出てたんだけど、今終わって」
「うん」
「入校の申し込みに、保護者のサインが必要で……。今日までに申し込むと、夏期講習の費用が随分割安になって、その……」
「わかった。今どこだ?」
「南池袋の……」
「ああ。確か明治通りを真っ直ぐ行ったところだろう?」
「うん。南池袋一丁目の信号から、少し先」
「わかった。十分くらいで行くから、そこで待ってて」
「本当にごめんなさい。もっと早く調べてれば……」
「いいから。少し酒臭い保護者だけど、我慢するように。それじゃ切るぞ」
おれは電話を切って席を立った。
麻里亜が「玲ちゃん?」と訊いてきたので「ええ」とだけ答えた。
おれは工藤さんや銀行員、宏美らの前をかき分けて通り、陸奥にそっと耳打ちした。
陸奥は「わかった。会計は僕が代行しておくから」と幹事の引き継ぎを快く受け入れてくれ、皆におれが早退する旨を説明してくれた。
おれは麻里亜の隣から退散するのに後ろ髪を引かれる思いだったが、彼女の優しい瞳が「行ってあげて」と告げているようだと都合よく解釈し、速やかに場を後にした。




