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ゆきけしき  作者: 燈真
Memory1 雪会ーユキニアウー
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M1-3

 粉雪を引き連れて人界の山の中腹にある社の鳥居をくぐり、神界へと帰ってきた彼女は、屋敷へと続く道の手前で待ちかまえている長身を見つけるなりあからさまに速度を落とした。右を見て左を見て、逃れようもないのを悟ると首を垂れる。のろのろと降り立った彼女のいつも以上に泳ぐ視線に、彼は、藍色の髪と瞳とを持つ彼女の唯一の従者である青年は、深々とため息をついた。

「だから、あれほどお控え下さいと申し上げたでしょう」

「わ、私、まだ何も言ってない……」

「大いに顔に出ております。助けた男に見られたのでしょう」

 ぐうの音も出ない。見られたどころか言葉を交わしただなんて到底言えない。

「こうなってしまったからには、わかっておりますね? 彗姫(すいひめ)

 神は人に姿を見られてはならない。神は人と交わってはならない。侵した時の選択肢は三つだけ。

「一つ。記憶を奪い二度と目に触れない。

 二つ。我ら神の眷族にする。

 三つ。その命を絶つ」

 最後の選択肢に、彼女は強く身体を震わせた。

「……助けた、のに」

 俯いて呟く彼女は、従者の目にはさぞ情けなく映っているだろう。ある意味では命を奪うことが生業ともいえる雪神―刹梛氣(せつなぎ)の、第一後継者たる姫君として、この怯えも情も躊躇も何もかもが致命的なのだ。五人以上いるはずの従者が彼一人しかいない現状が、彼女の立場の弱さを如実に表している。彼の背後、木々よりも高いところに一つそびえる本殿で、今日も後継者順位の変動を求める者が当代に謁見を迫っていることを彼女は知っている。従者は言わないが、昨日も苦言を伝えるために彼の同僚が訪ねてきたことも。昨今の会議でも必ずと言っていいほど議題に上がるそれを、しかし当代は一蹴し続けている。その理由は当の姫ですら知らない。この従者はそれを知ってか知らずか、彼女を次の大神と定め仕えているが、それでも歯がゆさを感じていないなんてことは、ないはずだ。

「……そうお思いならば」

 従者は、しかしただ静かに言葉を吐き出す。

「自重なさってください。彼を死の運命から遠ざけたいのであれば、二度と関わらないことが一番です」

 沈黙が雪の音に紛れる。わかった、と小さく呟いて、彼女はするりとたった一人の味方の隣をすり抜けた。ほたほたと自邸への道を辿りながら、白い拳を強く握りこむ。

 従者に言われなくても、そうするのが一番だと彼女だってよくわかっていた。それはもう、誰よりもわかっていた。自分たちは雪の神。生き物たちの対極に位置する存在。万が一の気紛れや温情で生かしておくのならば、関わるのはほんの一刹那に。ましてや自分は、本殿に最も近い屋敷に住む者なのだ―それが誰からも望まれていないものであっても。

 けれど、何をしても、床に就いても、蘇る。青年の涙が、愕然とした表情が、やるせない口調が、放ってくれるなと訴える。自分の何かが、彼の何かと手を伸ばして繋がりたがっている。

 寝返りをうって、彼女は吐息を漏らした。あと一度だけ、用心して、遠目から見るだけなら。それから眠っているときに、こっそり、記憶を奪うことにする。

 そうして再び従者に黙ってふわりと出掛けたその先で、彼女は図らずも昨晩の決意をすっかり放り出す羽目になった。

 病院の、雪降りしきる屋上で、ろくな上着も身につけないまま、唇を真っ青にした青年が、蒼白の顔をあげまっすぐに、天を見つめ続けていた。

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