O4-2
子猫が老猫からその話を聞いたのは、その矢先のことだった。
「不審者?」
「ここ数日隣町で現れておるんじゃが、知らなんだか」
「あいにくみゅうにも僕にもテレビを見る習慣がなくてさ、ただの置物になってる」
ついでに情報誌も取っていなければ携帯電話もない。家の電話番号は学校とアルバイト先の老夫婦にしか教えていないという徹底ぶりだ。
「どんなやつ?」
「隣町の猫長から聞いた話じゃがな。黒い身なりの太った大男が、夜に若い女性を狙って襲っているそうじゃ」
途端に子猫の眉間に深く皺が刻まれる。老猫がわざわざ子猫の耳に入れに来た理由が分かった。
「こっちに流れてくる?」
「何せ学生の町じゃからのぅ」
「どうしようかなぁ。アルバイト終わるくらいには暗くなっているから危ないんだよなぁ。しばらくお休みもらえないかなぁ」
唸りながら右へ左へゴロゴロと転がる子猫を横目に、老猫は客観的に見て現状誰もが思いつくであろう最善をさらりと口にしてみた。
「件のあの男は使えんのか」
途端、子猫は苦虫をまとめて口に放り込まれて強引に噛み潰させられたような表情をした。尻尾が忙しなく縁側の床を叩く。
「あいつは、信用ならない」
「……外から見ている限りでは好青年の模範のような男じゃがの」
「それでも! あいつに任せるのは、嫌だ」
最後に1つ尾で床を叩いて、子猫はふい、と家の中へと目を向けた。障子越しの灯りが黄金の瞳に映って揺らめく。この温かな光は自分の拠り所だ。何があっても絶対に失わせない。自分が守る。彼女と出会ってからずっと、そう誓ってきた。だから、たとえどんなに理不尽と、非効率と、愚かと言われても、譲れない。
「みゅうは僕が守る。……そう、決めたんだ」
凪いだ声でそう零す子猫の頭を、老猫はそっと尻尾で撫でてやった。
小雪がまばらに降る夜闇を、その日も一人と一匹は帰り急いでいた。夕飯をご馳走してくれるという古書店の老夫婦に甘え、デザートまでいただきながらつい炬燵でゆっくりさせてもらっていたら、とんだ時間になっていた。
最近この界隈は物騒だ。先日子猫が老猫から聞いた不審者がどうやらこちらに出没するようになったと、大学の方からも通知があったのだ。警察も動いているとのことだが、女性の一人歩きは避けるよう重ね重ね警告を受けている。当然ながら青年もその話を知っていて、他に共に帰るような友を持たない彼女のことを非常に気遣い、なるべく一緒に帰るようにしてくれている。それでも、こんな風に折り合い悪く一人で帰る日も出てくるのだ。
そして、そんな日に限って、闇は蠢く。




