第一章 秘湯温泉宿にて・第五話
マリヤスカの語った『目的』に声を無くしたヨロズ商事の6人。しかし、まだ完全には理解が及ばない。
「……えっと、今なんつった?商売の力で世界を変えろ?」
ようやく言葉を発せた日比谷にマリヤスカは応えた。
「そう言ったわ、日比谷アツシ。貴方の希望にも合うと思うけど。10年前に亡くなった親友との約束だものね、世界を救うヒーローであり続けるって」
「……なんで、それを……」
日比谷が口を噤んだ横から、大柄な男が相手を挑発するように馴れ馴れしい口調で話しかけた。
「おいおい、魔女さんよぉ。随分と大袈裟な話だが、おいら達が引き受けるメリットってのが分かんねえんだがよ」
「貴方達のメリットと言われれば名誉かしら、諏訪タカフミ。でも、世界を変えた者達という名誉は貴方も望むところじゃないかしら?何か大きいことをしたい、なんて漠然とした理由だけを持って身一つで上京した貴方にはね」
「……おいらのことまで知ってんのかい」
諏訪が苦笑しながら次の言葉が出ないでいる後ろで、一番若い男が恐る恐る質問を投げかけた。
「で、でも、そんな僕達の商売で、世界を変えるなんて、できるんですか……?」
「そうね、柊木アヤト。貴方達にできるかどうかは私にも分からないわ。……でも、何もしなければずっとこのままなの。自分を変えたいと願い努力した3年前の貴方のように、私も失敗を恐れずに可能性に賭けてみたいのよ」
「わぁ、止めてください言わないでください!恥ずかしい過去なんですから……」
柊木がマリヤスカの発言に慌てる横で、曽根崎が低く独り言のように呟いた。
「……これはつまり、異世界転生ものか?」
「あら流石ね、曽根崎シュウゴ、ご明察よ。名家のお堅いご長男様が奥様への愛を貫いて家から勘当されたおかげで、こういうことへの理解が随分と深まったじゃない」
「……どうも」
曽根崎が顔をしかめて嫌そうに返事をすると、部長が普段と変わらない調子で質問した。
「海外への転勤のようなものかな?危険はどれくらいあるんだい?」
「危険なものは野生動物くらいね、安西タケオ。他にも色々あるけど、夜に一人で出歩かなければ大きな危険はないわ。……そういうところを気にするあたり、良いパパね。ナホちゃんが昨日、作文の授業で『我が家のパパ』って題名でかなり自慢してたわ」
「え?あ、そう?照れるな、ははは……」
場違いなほど素直に照れている安西、そして野口は、
「………………」
「どうしたの?野口セイゲン。あぁ、まだ跡を継いでないから野口キヨシだったわね。聞きたいことは無い?それとも、貴方のことをみんなに紹介してあげようか?家業のこととか、家系が持つ能力のこととか、貴方の才能は特に抜きんでていることとか……」
「もういい!……よく分かった、お前は最悪の魔女、だ。最低の魔女、でもいい」
野口は先ほどまでの恐怖の色を顔から消し、怒りのこもった視線と声で魔女を否定した。
「どう名付けてもいいけど、これで話はお終いね?……それじゃ、行ってきて」
「おい待て。誰も、受けるとは言ってない、ぞ」
「拒否権がある、とも言ってないわ。貴方達の希望に合う、ということを伝えた私のサービス精神に感謝してほしいくらい」
「てめえっ……」
突如、強い光が大広間の窓を覆った。宿全体が包まれているように、光は全方位の窓を照らしていた。光に包まれた直後、宿が大きな縦揺れを起こした。揺れはいつまで経っても収まらず、6人は床に這いつくばることしかできなかった。
「……いってらっしゃい。願わくば、あまねく世界に光あらんことを……」
呟かれたマリヤスカの言葉を最後に、野口の意識はそこで途絶えた。