表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

第一章 秘湯温泉宿にて・第三話

 大広間は100畳もの広さの豪華な造りだった。上座方向には舞台があり、舞台奥に壁一面を埋め尽くす巨大な絵が掲げられていた。


 絵はどこか見知らぬ土地の風景をモチーフにしているようだ。遠くに山脈のある草原で、大きな樹が一本、その樹から飛び立つ一羽の白い鳥、その鳥を見送るようにこちらに背を向ける一人の少女。何か意味がありそうだし無いかもしれない、どうとでも読み取れそうな絵だ。


「お、もう並べられてるじゃないっすか!うまそ~!」


 大広間の舞台に近い位置に並べられた6つのお膳、その上には刺身や山菜の天ぷら、火にかけられた蓋つきの小鍋、湯気を立てる白米が据えられていた。見れば、広間の隅に瓶ビールの詰まった小型の冷蔵庫もあった。

 しかし、誰もいない。


「準備もできてるみたいだし、とりあえず座りましょうか」


 出来立ての、見るからに美味そうな料理を前に、日比谷を始め他の面々も席に着こうとした。

 しかし、誰もいない。


「………………ちょっと待った!」


 一人、広間の入り口にいた野口が声を張り上げた。その顔は酷く青ざめて怯えているように見える。


「野口さん?」


「みんな、……それ以上、その料理に近づかない方が、いい……」


「何だぁ?毒でも盛られてるってか?」


「……分かりません。……でも、それは、ここは、違う。……何か、おかしい」


「どうした野口。落ち着いて、分かりやすく話してくれ」


 野口は震える腕で自分の体を抱きながら、この宿の『違和感』を語った。


「……ロビーに入った時から、ずっと、気になってた。……ここには、誰もいない。……客も、従業員も、虫一匹ですら。……俺たち以外、誰も、何も、……いない」


「……確かに静かでしたけど、どうして誰もいない、なんて……」


「それは、……上手く、説明できない、が……」


 野口は束の間言いよどんだが、再び5人に語り掛けた。


「だが、誰もいないのは、本当だ。……じゃあ、あの女将は、何だ?……こんな所で、一人で、……いったい何をしている?」


 そして、ふいに顔を上げお膳の上の料理を睨みつけながら叫んだ。


「何より、これは何なんだ!みんなには料理に見えてるようだが、俺には、真っ黒な塊にしか見えない!」


 野口の言葉に5人が一斉に料理を見ると、氷が解けるように豪華な料理の姿が崩れ、その下から影のようなものに覆われた『真っ黒な塊』が現れた。


「うっ」「何だぁ!?」「えぇ??」「どうなっている……」「なんとまぁ」


 次の瞬間、ガラスが割れるような音とともに灯りが消えた。

 突然の事態に6人が動けない中、暗闇に包まれた大広間に、声が響き渡った。


「やれやれ、この時代にこれほど魔術の素養を持つ人間がいたなんて、想定外だったわ……」


 言葉の終わりに指を鳴らす音。それと同時に、舞台近くに炎が浮かび上がった。

 炎に照らされたのはこの宿の女将。しかし、表情が先ほどとは打って変わって冷たくなっていた。限りなく無機質で、まるで良くできた人形のようである。

 舞台縁に腰掛ける女将に向かって、恐怖心を隠し切れず震えた声で野口が問う。


「……お前は、何だ」


 女将が目を伏せると、その全身が黒い靄に包まれ、瞬く間にその姿が変わっていた。


「……私は、魔女だよ。……名前は、マリヤスカ」


 退屈そうに、つまらなそうに、淡々と魔女マリヤスカは問いに答えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ