第一章 秘湯温泉宿にて・第二話
6人のスーツ姿が宿の扉をくぐると、来客を告げる簡易な音楽が流れ、のれんで仕切られた部屋から和装の女性が現れた。
「まぁまぁ、ようこそいらっしゃいました。私、『奥居亭』の女将でございます。ご予約の方々でございますか?」
女将は黒髪を結い上げた美女だった。大きな瞳はたれ目がちだが口角が嫌味なく上がっているためか、営業スマイルも自然なものに見える。色白の顔に薄く塗られた口紅が印象的で、濃紺に藤柄の着物と相まって派手ではなくとも美しいと感じられる人だった。
「すげえ!本当にいた、美人若女将!」
「騒ぐな日比谷。……失礼しました、予約していた株式会社ヨロズ商事営業課です。私が担当の曽根崎と申します」
「ふふ、美人だなんて有難うございます。そんなこと初めて言われましたわ。でも……」
日比谷の言葉に律儀に応答する女将だが、ふと笑みの形を僅かに変え声をひそめて、まるで内緒を打ち明けるような調子で続けた。
「実は若女将、と呼ばれるほど若くはないんですよ?……お客様のどなたよりも年上かもしれませんわ」
ウィンクとともに言い終え、また元の微笑に戻る女将。6人は冗談と捉え、和やかな笑いがロビーを包んだ。
「あっはっはっは。お茶目な女将さんじゃあねぇの」
「まぁ、僕より年上ってことはないよねぇ」
「部長は50超えてるじゃないっすか~。ひょっとしたらお子さんよりも若いかもっすよ?」
「ん~、ボクよりは年上、かなぁ。いや、年下?同じくらい?……わかんないな~」
「みんな、女性の年齢は詮索するものじゃない。部長まで一緒になって何やってるんですか、まったく……」
「はい、ヨロズ商事の曽根崎様。6名でご一泊ですね。まずはお部屋へご案内いたします」
歓談が一区切りついたところで、女将は宿帳を確認し一行を案内する。
女将の美しい見た目と小粋な冗談を話すユーモアに気を良くした一行だったが、ただ一人、寡黙な野口がいつも以上に静かにそして注意深く警戒していた。
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「は~~~、さっぱりした!」
「いい湯だったなぁ!」
一行は部屋に着くなり温泉へと繰り出した。この宿自慢の露天温泉である。宿への移動中に発生していた霧が再び立ち込めて眺望は良くはなかったが、不思議と空は見晴らしが良く、濃霧に包まれながら月と星だけが輝く世界はむしろ幻想的とも言えた。
備え付けの浴衣に着替えた一行は、続いて大広間での夕食に向かっていた。
「たまたま今日は他の客がいないようで、大広間が貸し切り状態らしい」
「おっ、そいつはいいねえ!カラオケ機あるんかな?」
「どんな料理なんだろうねぇ?」
「美人若女将、秘湯と来たんですから、……もう高級懐石しかないっすよ!」
「もう、日比谷さんそれ言いたいだけじゃないですか?」
「……」
5人がそれぞれに期待を高めている中、一人警戒を続ける野口。傍から見ても挙動不審な彼を見かねて、曽根崎が声を掛けた。
「野口、どうかしたか?何か気になることでもあるのか?」
「……いえ、課長、……その、何と言ったらいいか……」
口ごもる野口に沈黙で先を促す曽根崎だが、結局野口は首を横に振っただけで、何も言わなかった。
やがて一行は大広間へたどり着き、襖を開け、中へと入っていった。
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