オープニング
広大な海に面した港町。多種多様な人種が忙しなく行き来する、活気に溢れた港湾部がある。その片隅、倉庫が並ぶ一帯の更に奥にある小さな工場に男が入っていく。
鉄を打つ金槌の音や大勢の工員の声が騒がしい中を、男は台車を押しながら、時折工員に挨拶をしつつ進んでいく。男の口元は涼しげな笑みの形をとっているが、その目は獲物を狙う肉食獣のように油断なく、工場内のあちらこちらに視線を向けていた。
工場内の端、『資材倉庫』を意味する札が掛けられた扉の前にたどり着くと、咳払い一つ、喉の調子を整え身だしなみを再確認して、扉の奥へ声を掛ける。
「こんにちは!ヨロズ商事です!ご注文の品、お届けにあがりましたー!」
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ここは、三つの大陸、二つの大国の世界。
人間と亜人が手を取り合い、妖精と魔物が存在する時代。
騎士が剣に誓い、魔法が人々の身近にある文明。
これは、そんな世界に迷い込み、生き残る為に商取引を武器に闘う、日本の企業戦士たちの物語。
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台車を押す男、ヨロズ商事の日比谷が声を掛けると、中から野太い声の返答がきた。
「おう、ヨロズさんかい!入んなぁ!」
日比谷が中に入ると、そこに目的の人物が居た。身長120cm程度、日本の小学校低学年ほどの背丈だが、豊かな髭と深いシワ、そして厚手の作業着の上からでも分かるほどの筋肉が、見る者にまるで岩石の塊のような印象を与える。
彼らはドワーフ族。大地の精霊の眷属の末裔たちであり、種族の特性を活かして鉱物の加工を営む者が多い。
そして日比谷の前にいる彼は、ここ『バーグ鉄工所』の社長兼工場長。先祖代々続く鉄工所の10代目であり、この工場の最高意思決定者であり、つまりは日比谷の顧客である。
「どーも社長、今日も立派なおひげですね!」
「おうおう、どうもな!ここんとこ大口の仕事がいくつか入ってよ、女房にいい洗髪剤買ってやって、オレっちも一緒に使ってんのよ!」
「それはそれは、奥様もお喜びでしょう。操業も順調のようでなによりです」
「あぁ、それもこれもヨロズさんのおかげだぁな!」
ヨロズ商事はバーグ鉄工所に燃料である石炭を卸している。バーグ鉄工所ではもともと薪を使って火を熾し、釘やネジ、家庭用の包丁や小型の農具等の小規模な金物を加工していたが、日比谷が大型のボイラーの導入とそれに伴う石炭への燃料転換を提案したことで事業を拡大し、今ではこの港町の金属加工を一手に担う大工場となった。
「……と言っても、従業員は20人もいないし社長はどんぶり勘定の職人肌。日本で言えば時代遅れな町工場の見本みたいなもんだけどな」
「ん?なんか言ったかい?」
「いやいや、独り言です!」
それでも、この町、この世界では十分な設備と人員である。
先ほど話に出た大口の仕事の一つは、ヨロズ商事が仲介した港湾部の倉庫拡大の工事だった。そこで使われた工事資材、金属部品のほとんどをバーグ鉄工所で用意させた。その工事におけるバーグ鉄工所の稼ぎは従業員全員にこれまでの給料の3倍のボーナスが出せる程だったが、社長はそれを元手に事業拡大とはせず、律儀にボーナスを割り振り、今はまた農具や包丁を作るこまごまとした仕事をしている。
家庭に金が増えても消費するあてが無い。それが、この世界の金の動きだ。
(製造業の基本が手作業ってんだから、これじゃ異世界転生っつーよりタイムスリップだよ……)
日比谷は顧客の新たなニーズを引き出すべく世間話をしながら、自分の身に起こったおとぎ話のような出来事に、その始まりに思いを馳せていった。
お読みいただき、誠にありがとうございます。
本作は連載の第一話です。今回は続けて二話も投稿します。
一応ラストまで決めていますが、いくらでも盛れそうな内容なので、なるべく長く楽しんでいただけるよう努めてまいります。