ちょうちょ
ある日、夜鳥さんの店を訪れると、たくさんの蝶が入った籠を見付けた。蝶というとせいぜいモンシロチョウ、モンキチョウ、あとは目玉模様の翅が嫌悪感を湧き上がらせる、ジャノメチョウぐらいしか見たことがなかった当時の僕にとっては、感動的な光景だった。
どの蝶も翅に模様はなく淡色であったが、驚くほどに美しかった。赤、青、黄、緑、紫。その全てが仄かに発光しているように見えた。
「これ、夜鳥さん買うの?」
だったら、一日一回必ず見に来よう。蝶の命があまり長くないことは知っている。だから、その日が来るまで毎日観察したい。僕はそう思った。
昆虫図鑑で宝石のように美しい蝶で見たことはある。それは外国に棲んでいるらしい。そのような蝶と実際に出会うなんて、この先の人生にあるか分からない。
期待を込めて聞いた僕に、夜鳥さんは何とも詰まらない返答をした。
何でも、この蝶は店の常連客の預かりものらしく、明日の午前中には飼い主が訪れた時に帰してしまうそうだ。早くも僕の目論見は崩れてしまった。
しかし、それならそれで貴重な体験ができたのでは、と僕は考えをあらためることにする。
なるべき嫌な方向に考えすぎるのは良くない。朝のニュースでやっていた占いでそう言っていたのだ。
「はい。君は蜂蜜は好きだったかな」
「めっちゃ好き」
間髪入れずそう答えると、夜鳥さんは蜂蜜の飴をくれた。飴というよりは、蜂蜜をそのまま固めたもの、と言った方がいい。
キャラメルのようなほろ苦さを含んだ甘みも、フルーツの鮮やかな甘さはなく、べっこう飴に近い甘さだ。けれど、舐めていくうちに、飴と違って熱を持ってほんの少し柔らかくなる。料理の際に調味料として用いることもできるそうだ。
そういえば、飼われているあの蝶たちは何を舐めて生きているのだろう。そんな疑問が頭に浮かんだ。蝶の飼い方を僕はよく知らない。
聴いてみると、夜鳥さんはニィ……と笑い、籠の底を指差した。
銀色に光る破片のようなものが三枚ほど落ちていた。破片が放つ光に引き寄せられるように、蝶たちはそれに止まっていた。
よく見ると、口から管を伸ばし、破片に吸い付いている。水も花の蜜も出るはずはないというのに。
「この蝶は変わっていてね。どんな花の蜜も吸わず、あるモノだけを好んで吸う。……他人の不幸は蜜の味というだろう?」
店には二人しかいないはずなのに、内緒話をするかのように夜鳥さんが小声で言う。
「この破片は果物ナイフの刃の欠片さ。一人の女が浮気を下恋人を殺す時に使われた。見た目では分からないが、男の苦しみも女の恨みもこびりついている。彼らにとってはご馳走だよ」
ぶわっと全身の鳥肌が立った。君も舐めるかい? と聞かれて僕は「絶対嫌や」と断った。
籠の中ではナイフの破片に残った『何か』を吸った蝶が、優雅に翅を羽ばたかせていた。