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夜鳥  作者: 硝子町 玻璃
6/9

てるてる

わしの土曜日はまだ終わってない

翻訳:遅れました。大変申し訳ありません。

 僕が小学生の頃、隣町には所謂おかしい人間がいた。うちの近所の夜鳥さんも大分有名な存在であったが、あの人の場合はおかしいというよりも、怪しい人間の部類に入る。

 両親からも「オト爺の家には絶対に近付くな」ときつく言い付けられていた。学校でも大きな噂となっていた。


 オト爺とは住宅街の外れに一人で暮らしている老人だ。妻には病気で先立たれていた。音が付く名字のため、オト爺と呼ばれていた。


 ここまでだと単なる独り身の老人の紹介だが、オト爺は誰にも理解しがたい奇行を繰り返していた。


 オト爺の家の窓には大量のてるてる坊主がぶら下げられている。ティッシュと黒いマーカーで作られた簡素なものだ。

 晴れの日はそのままだが、雨が降った日になるとオト爺は隣人に聞こえるほどの大声で喚き、てるてる坊主の首を全て切り落とすのだ。

 役立たず。お前なんぞ要らねぇんだ。この×××め。雨音に混じってそんな口汚い罵倒が聞こえることも少なくなかった。


 オト爺の隣の家の住人は何度も本人に抗議しに行ったが、逆に枝切り鋏を持って追いかけ回され、引っ越してしまった。警察に相談しに行ったりもしたが、あまり力にはなってくれず、逃げた方が得策と考えたのだ。


 その奇行がいつから始まったのかは曖昧だった。妻の死に狂ったのではという説が有力だった。


 警察ですら太刀打ち出来ないオト爺。学校ではそんな風に面白おかしく語られていた。


 その内、僕のクラスでは雨が降ると、オト爺は本当にてるてる坊主の首を切り落とすのか確かめに行こうという話になった。子供の好奇心ほど恐ろしいものはないと思う。


 だが、夜鳥さんの影響で有り余る好奇心があった僕は両親の言い付けを破り、オト爺宅探検隊に参加してしまった。


 決行されたのは六月のどしゃ降りの日だった。横殴りの雨のせいで傘を差していても、あまり意味がなく、僕たちは体を濡らしながら隣町を目指した。


 雨雲のせいで六月だというのに薄暗く、灰色の空の下で街灯の光が点灯され始めた。日常の光景であるはずなのに、それは子供たちの恐怖と興奮を煽った。


「あそこだ。オト爺の家」


 この探検隊の纏め役であり、ここから少しだけ離れたところに住む友人が一軒の家を指差しながら小声で言った。

 何も変哲のない普通の一戸建てだった。だが、門の表札の名前を見て僕たちはここがオト爺の家だと判断した。


 僕たちは向かい側の電信柱の側で耳を澄ませていた。だが、聞こえてくるのは強すぎる雨の音ばかりで、オト爺の怒号は聞こえてこない。


 そこで庭に忍び込んで家の中が見えないか確認しようということになった。これには流石に僕もまずいと思った。庭とは言え、勝手に人の家に入れば怒られる。


「それはあかんて。見付かったら怒られるやろ」

「お前、それでも大阪人かよ。根性ねーな」


 根性なんてなくてもいい。オト爺の奇行がなかったとしても、不法侵入がバレたら大目玉である。


 嫌がる僕を説得して皆は周りに大人がいないことを確認して、こっそり門を潜り抜けた。


 全員の呼吸が荒くなっていくのが分かる。けれど、雨が叩き付けられる音が呼吸音を押し潰した。


 庭に出ると、縁側の窓は白いカーテンが閉め切られていて中を窺うことは出来なかった。

 「詰まんね……」と一人が言いかけて止めた。その顔には恐怖が浮かび、青ざめていた。


 彼の視線の先、窓の上の方には十体ほどのてるてる坊主がぶら下がっていた。黒いマーカーで描かれた無機質な顔が僕たちを静かに見下ろす。


 家の中から声が聞こえてきたのは、その時だった。


「死ね! 死んでしまえーっ!! この×××野郎!!」


 憎悪の込もった低い声。それと共にチョキン……チョキン……と鋏の音が響いてくる。


 薄いカーテンの向こうで、確実に何かが行われている。まるで、その死の言葉が自分に向けられているような気がして、僕たちは誰一人として動けずにいた。


「ほんとにオト爺やってたんだ……」


 纏め役が震えた声で呟いた。それに同意するように皆が頷く。


 だが、僕は恐らく他の皆とは違う恐怖を抱いていた。ある違和感に気付いていたからだ。


「おーい! オト爺の家に子供が入ったてよー!」


 どこからか聞こえた若い男の声に言い様のない恐怖に苛まれていた僕たちはハッとした。一斉に庭から飛び出して外へ逃げていく。


 僕が最後に出てくると、皆はとっくに遠くまで走り去っていった後だった。


「こんにちは、こんな所で会うとは奇遇だね」


 門の側には黒い傘を差した黒いスーツを着た夜鳥さんが立っていた。見慣れたその姿を見て泣きそうになった。


「寒いだろう。これを飲むといい」


 夜鳥さんが僕にくれたのは、自販機で買ったのであろうココアの缶だった。少し熱いくらいの表面が冷たくなっていた手を温める。蓋を開けて一口飲むと、ふんわりとした甘さとほんの少しの苦みが口内を満たし、嚥下すると体の中に熱が染み込むような感覚がした。


 帰ろうと言われ、僕は夜鳥さんと家まで歩いていった。翌日、学校に行くと先に逃げた友人たちからは謝られた。誰一人として夜鳥さんには気付いていなかった。





 五日後、オト爺が家の中で死んでいるのが発見された。殺されている、と言うべきか。


 僕たちと同じように近所の高校生が庭に忍び込んで、家の中で頭部を切断されたオト爺を見付けたのだ。その時、カーテンは一部分が外れていて、中の様子を窺うことができたらしい。


 玄関や窓など全て鍵がかかっており、外部から侵入された形跡はなかった。更に奇妙だったのは、オト爺の死体は白骨化していたことだ。殺されてから相当の月日が経っていた。


 発見される前日は雨が降っていたが、近所の住人は「いつものようにオト爺が騒いでいた」と口を揃えた証言した。僕たちも五日前に家の中から声が聞こえていた。


 ……だが、僕にはあの時の声が老人のものには聞こえなかった。僕と同じ年頃の子供のそれだったのだ。それも一人だけでなく、大勢の声が恨み言葉を吐き続けていた。


 これは後に知ったことだが、オト爺の死体の周りには無数の首なしてるてる坊主が散乱していたそうだ。首の周りに落ちていたものはオト爺の血を吸い取って赤茶色く汚れていた。

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