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夜鳥  作者: 硝子町 玻璃
5/9

つぼ

 小学五年生の時の話。


 その日、骨董品店に入ろうとすると、僕が開けるより先に扉が開いて客が出てきた。

 恐らくまだ二十代の若い男だった。本当に若かったのかは一瞬だったので微妙なところだ。口の周りは真っ黒な髭で包まれ、服もあちこちが切れていてツンと鼻をつく異臭がした。

 

 ホームレスという単語が浮かぶ。男は僕には見向きもせず、そのままどこかへ立ち去って行った。


 中に入ると、夜鳥さんが泥だらけの壺を布巾で拭いている最中だった。さっきの男から買い取ったものらしい。


「これ、すごい価値があるん?」

「さあ、どうだろうか。僕も面白いという理由だけで引き取ってしまった」

「そんなことじゃ、この店潰れてまう……」


 心配になって呟くと、夜鳥さんは「気を付けておかなければね」と言って薄く笑った。

 テーブルの上には薄い橙色の蒸しパンが皿に載って置かれていた。その皿を手に取って、夜鳥さんがどうぞと僕に渡してくれた。

 ふわりと甘い香りと共に柑橘系の香りがした。オレンジ蒸しパンだ。


 ふわふわな柔らかい生地の中にはオレンジの皮が刻まれていた。それをざくざく噛むとほろ苦くて、蒸しパンがほんのり甘いだけじゃなくなる。


 蒸しパンと一緒に出された紅茶を息を吹きかけて冷ましながら夜鳥さんを見る。夜鳥さんは壺を拭き終えて汚れた布巾をゴミ箱に捨ててしまった。洗えばまた使えるのに、と僕が言うと「ただ表面の汚れを落とすために使ったわけではないのさ」と返された。


 何も描かれていない真っ白な壺だった。この店には他にも壺があるが、それらにはちゃんと色があったり、絵が描いてある。

 こんな、百均で買えそうな花瓶のような壺に買い取るほどの価値はあるのだろうか。夜鳥さんは面白いと言っていたが、僕には何の面白味も感じられなかった。


 だが、それは夜鳥さんが壺を持ち上げる直前までのことだった。


 ちゃぷん。その水の音は確かに壺の中から聞こえた。


「それ……何か入っとるの?」

「入っているよ。出せないがね」


 夜鳥さんは壺を逆さまにした。

 僕は「あっ」と声を上げた。中の水が零れてしまうと思ったからだ。


 しかし、ぽっかりと開いた壺の口から何かが流れ出すことはなかった。なのに白い容器からはいまだにちゃぷちゃぷと音がしている。


「手品?」

「そういう才能はないさ。ほら、何が入っているかは見せてあげよう」


 夜鳥さんに壺を渡される。軽かった。

 どうなっているのだろうと期待しながら中身を覗き込む。


 ちゃぷん……ちゃぷん……。


 暗くて狭い空間の中に水があった。それは涼やかな水音を響かせながら揺らめいている。むわりと森の中にいる時のような青臭さが鼻腔に入り込む。


 揺蕩う水の中、誰かが立っていた。いや、それは人なのか。人の形をしたナニカというべきなのか。ざぶざぶと水を掻き分けて歩き始めた。


 それが何なのか気になり、じっと見詰めていると水の音に混じって別の音が聞こえてきた。


 音というより声だった。男の野太い声。何と言っているのかは分からなかった。


「どうだった? 君にとってその壺の世界は面白かっただろうか」


 夜鳥さんに壺を取り上げられながらそう尋ねられる。


「それ、何やの?」

「知りたいかい?」

「うん」

「だったら、この壺をここで割ってみよう」


 この人はなんちゅうことを。とんでもない提案をする夜鳥さんに僕は何度も首を横に振って拒否した。



 ちなみに、その壺は一週間ほどで誰かに売られていき、結局謎が解けることはなかった。


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