ほおずき
前回、精霊馬について話したが、盆繋がりでもう一つお話を。
その客が骨董品店にきたのは夕方の頃だった。何を燃やしているのだろうか、空が炎色に染まる中、ふらりと現れた。
夜鳥さんのような黒い着物を着た白髪頭の老人だった。まだ幼かった僕ですら一目見て「この人あかん」と思った。
何か猟奇的な雰囲気を纏わせていたとかではなく、顔色がひどく悪かったのである。それにあまりにも痩せ細っていた。着物の裾から覗く指には肉がついておらず、冬の木の枝のようだった。
みすぼらしさは感じなかった。金色のフレームの片眼鏡をかけているせいだろうか、不思議と気品があった。
それでも、大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。こんな人、炎天下に晒されたらすぐに倒れてしまいそうだ。
「どうも、お坊ちゃん」
老人は穏やかな笑みを浮かべて僕に会釈した。慌てて僕も頭を下げる。
夜鳥さんは「どうも、一年ぶりですね」と老人に軽く手を振った。その口ぶりから老人がこの店の馴染みのお客さんだと分かった。
「今年もお世話になりますよ。こちらはお土産です」
「甘いものが好きな者が二人もいるのでありがたい」
老人が小さな箱を夜鳥さんに渡す。何だろうとつい目を輝かせてしまう僕のために、夜鳥さんはしゃがみ込んで箱を開けてくれた。
中には透明な小瓶が入っていて、さらにその中には金平糖が入っているが分かった。
「夜鳥さん、出してもええかな?」
「そうしなければ食べられないからね」
慎重に箱から出す。小瓶の表面には水玉と海草が描かれている。
金平糖は白、赤、橙の三色だけだった。それは水槽の中を自由気ままに泳ぐ金魚を彷彿させた。
コルクを外して赤い金平糖を口に含むと、じんわりと優しい砂糖の甘みが広がる。少しの間、下の上でころころ転がしてそのトゲトゲの感触を味わってから噛むと簡単に形が崩れてしまった。
僕が「甘くておいしいです」というと、老人は「それは良かった」と皺くちゃの顔で笑みを作った。
「そろそろあなたがくると思って、準備していましたよ」
夜鳥さんはそう言いながら店の奥に引っ込むと、すぐに何かを持って戻ってきた。
茶色く細い取っ手に橙色の風船のような形の物体。鬼灯という植物とよく似ていた。
じっとそれを見詰めている僕に、夜鳥さんはふっと笑った。
すると、風船の部分がぼんやりと光り始めた。
「これは提灯だよ」
夜鳥さんはそう言いながら、提灯を老人に渡した。老人は鬼灯の形をした提灯を大事そうに受け取る。
「ありがとうございます。これがないと夜は暗くて歩けませんからなぁ……」
「……おじいちゃん、懐中電灯とか持っとらんの?」
「ああ……私はこの世の道具は使ってはいけないしきたりですので」
言われてから僕は老人の足元を見る。そこにあるはずの足はなく、老人の体は宙に浮いていた。
「では、失礼します」
老人が店から出て行く。
老人が扉を開けた瞬間、僕は見てしまった。
数秒だけ開かれた扉の向こうには大勢の人間が立っていた。全員が白い着物を着ていて、こちらをじっと見ている。
生気を全く感じられない無表情さに僕は金平糖が入った小瓶を落としそうになった。
「夜鳥さん、あの人って幽霊さんなん?」
「幽霊ではないよ。ただ、人間でもない」
「よお、分からん……」
「彼は死者の案内人さ。この世に帰ってきても、自分の家がどこか覚えていない人間も大勢いるからね。そういう人々の送り迎えを担当している」
窓へ視線を向けると空は葡萄色に染まっていた。
夜の川にちかちかと光る星がいくつも散りばめられている。
昼間はうだるような暑さに苛まれていても、太陽が沈めば涼しい日も増えてきたと思う。
早く秋が来ないかなと思いながら、僕は白い金平糖をかりこり音を立てて食べた。




