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夜鳥  作者: 硝子町 玻璃
2/9

おんな

 もう少しで小学生も終わりを迎えようとしていた頃の話である。


 学校帰り、僕は相変わらず壺だの絵だのがごちゃごちゃ置かれた店で、夜鳥さんが出してくれるおやつを食べていた。


 苺、キウイフルーツ、オレンジ、葡萄、ブルーベリーなどの新鮮な果実をたっぷり乗せたタルト。どれもそのまま食べても美味しいが、少し酸味が邪魔になる。それを甘味のあるタルト生地と一緒に食べることでちょうどいい味になるのだ。


 タルトと一緒に出された紅茶も砂糖を入れてくれているので飲みやすい。幸せだと思いながら食べ進める僕の横で、夜鳥さんは早々とタルトを食べ終えて紅茶を啜っていた。


 店の片隅にあるテーブルで堂々とおやつを食べる店長も珍しい。「ええの?」と聞いたら、「店の奥は物置みたいになっていて、空気も最悪でね」と返ってきたことがあった。


「やあ、いらっしゃいませ」


 客が入ってきても、夜鳥さんは椅子から立ち上がらず、客に軽く頭を下げるだけである。僕もとりあえずお辞儀をするようにしていた。


 客も特に嫌な顔をせずに店内を歩き、商品を見回している。少し小太りの幸薄そうな男だった。スーツを着ているということはサラリーマンかもしれない。


「店主、これをいただきたいのですが」

「ああ、それですか」


 五分後、男が笑みを浮かべてカウンターに額縁に入った絵を持ってきた。そこで夜鳥さんはようやく立ち上がり、カウンターへ向かう。僕もついて行ってみる。


 そこで男が持つ絵を見て僕はギョッとした。


 真っ黒な背景に、ミイラのような女が描かれていた。性別は着ている赤いワンピースのおかげで何とか分かった。髪の毛はなく、すっかり干からびている。土色の肌。ワンピースの袖から伸びた枯れ枝のような腕。黒い空洞と化した両目と口。


 あまりにもリアルな描写だった。ミイラはテレビで何度か見たことがあるが、写真ではないかと錯覚するくらい精巧な絵だ。


 それを男はうっとりした表情で見詰め、女の顔を何度も撫でていた。呆然としている僕に男が自慢げに言う。


「羨ましいだろう、ボウヤ。だけど、これはもう私のものだ」

「はぁ……」

「しかし、よいのかね店主。こんなに可憐な女性の肖像画がこんな安値で手に入るとは……」

「ええ、構いませんよ」


 男に夜鳥さんは微笑みながら答える。


「それにその品物は一か月以内なら返品も受け付けています。もし、あなたに合わないようでしたら、お返しください。お金もお返ししますよ」

「返品? 私はもうこの絵を手離すことはない。返品だなんて有り得ないことですよ」

「そうですか。では、彼女をどうか大事になさってください」


 夜鳥さんの言葉に男は心から嬉しそうに笑い、本当に絵を買って店から立ち去った。悪趣味以外の何物でもない。ああいう人もいるんだなぁと感心していると、夜鳥さんから意外な質問をされた。


「君にはあの絵には何が描いてあるように見えた?」

「えっと……ミイラみたいな女の人やった」


 正直に答えると、夜鳥さんは「正解だよ」と軽く拍手をした。


「ちなみに彼には、あれが絶世の美女に見えた。だが、それは男の美的感覚が狂っているわけではなく、絵がそう見せているのさ」

「……何でそんなことするんやろ。夜鳥さんは知っとるの?」

「知っているよ。例えるならあれは餌を誘い込むための仕掛けだ。一ヶ月以内にあの絵は間違いなく戻ってくる。彼本人が持ってくるかどうかは彼の体力次第だがね」


 夜鳥さんの言葉は正しかった。それから二週間後、絵は返品となり再び店に戻ってきた。


 その時、ちょうど居合わせた僕は絵を持ってきた人物が、あの小太りの男だと気付くのに時間がかかってしまった。


 男はたった二週間で別人のように痩せ細っていた。頬はこけ、顔色も悪い。目の下は真っ黒になっていた。


「この絵をお返しします……」

「分かりました。ちなみに理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「……あんなに美しかったんです。なのに、日に日にこの絵の女性は醜くなっていく。まるで怪物のように。そして、私はそんな怪物に毎日喰われる夢を見ました。もう限界です。眠ることがとても恐ろしい……!」


 男は金をもらうと逃げるように店から出た。


 男が残していった絵を見ると、そこには赤いワンピースを着た美しい女性が立っていた。妖艶な笑みを浮かべるその姿は二週間前に見たものとは明らかにかけ離れていた。


「彼を喰ったおかげで腹が膨れたんだよ。しばらくすれば、また君が最初に見た時と同じ姿になる。そうしたら、また客を求め始めるさ」


 夜鳥さんはそう言いながら、たった今戻された絵を物置へと持って行ってしまった。あの状態の絵は決して品物にはしないらしい。


「普通の人間は今、この絵に描かれた女がミイラにしか見えない。腹が膨れている状態の時に餌を誘き寄せる必要はないんだ。こんな状態のものを売り物にするわけにはいかないだろう」


 夜鳥さんはそう言うのだが、だったら心霊写真なんかも売り物にしちゃあかんやろと僕は思うのだった。

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