17.剣士の目標
僕がある事件が起こるまで、自分の家が世間一般で"異常"だという事に気が付かなかった。
1歳の頃から、体の大きさに合わないような竹刀を握らされ、両親の監視下でひたすらに素振りをさせられて、評価が低い場合はさらに回数を加算される。
2歳になるころには、両親が僕の稽古について1日中打ち込みを。
3歳からは、模擬戦も始まった。
僕は呑み込みが遅かったため、両親からは毎日のように"才能がない"といわれていた。
毎日体中に傷を作り、包帯が取れた日はなかった。
両親から激しい叱咤を食らい、罰として稽古の回数の増加はもちろんのこと、食事や睡眠を抜かれることもあった。
叱咤の内容は大抵『継悟と比べてお前は……』と続くものだった。
僕には藤村継悟という兄が1人いた。
8つほど年上だった継兄は僕とは違い、幼いころから恐ろしいほど呑み込みが早く、また才能豊かであったため、両親から多大な期待が寄せられていいた。
継兄は僕に優しかった。
模擬戦の時には、継兄は両親とは違って怪我をしているところや、急所、死角などは極力狙わないでいてくれた。
飯抜きを言い渡された時もこっそり手作りのおにぎりを持ってきてくれた。
風邪などで体調を崩した僕を、両親からかばってくれたりもした。
毎日のように継兄とは比べられて、劣等感は感じていたが、いつも僕に優しくて守ってくれた。そんな継兄に憎しみのような暗い感情など抱けるはずもなく、逆に憧れの感情を抱いていた。
何故藤村家がここまで異質な家になってしまったのかは僕は知らない。
何故一家で剣を握り、極めるようになったのかも知らない。
知っていることといえば"闇"では藤村の名は大きな力を持っているという程度の事だけ。
家の道場の床下に一族秘伝の部屋に続く階段がある。
継兄は5歳になるころに、その部屋への出入りが許可された。
僕には許可は下りなかった。
きっと、その部屋に秘密があるんだろうけれど今の僕に知る由はない。
もうその部屋は刀傷でいっぱいになってしまい、調べる事ができなくなってしまったから。
そう、今は藤村家が存在しない。
両親から、一族から大きな期待を受けていた藤村継悟という一人の男により、藤村の剣術を受け継ぐ人間全員が皆殺しにされたからだ。
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僕が10歳の頃。
当時の僕は小学校に通っていたのだが、毎日包帯だらけという容姿のためか周りから気味悪がられて友達が1人もできずにいた。
いじめられたりもしたのだが、その日、今までの鬱憤が爆発し、いじめっ子とケンカをしたときに、相手に大けがを負わせたのをきっかけとしてぴたりと止んだ。
ただ殴っただけなのに、複雑骨折までするなんて思っていなかった。
当時の僕は周りと"普通"の概念が大きく違っていたし、それに気づいてもいなかったからこの結果も当然のことだった。
おかげで下校がかなり遅くなった。
ケンカのことを報告しなきゃいけないということもあり、普段より一層気持ちが重くなり、とぼとぼと暗い夜道をたどって帰宅していた。
僕の家だった武家屋敷までついたとき、異変に気付いた。
あまりにも"暗すぎた"。
夜といっても、家そのものは暗くはならない。
電球の明かりで照らされているからだ。
その辺の"普通"はこの家でも同じだった。
だが、僕の家は明かりひとつついていなかった。
同時に、そこまで寒くはないはずなのに、気味の悪い悪寒が僕の身体を駆け巡る。
人が生活している様子がまるでない。
まるで廃屋か何かのようだった。
意を決して僕は門を開き、玄関を開けた。
やはり、家の中は明かり1つついてはいなかった。
靴を見ると、外出用の靴は置いてあったため、誰かはいるはずなのだけれど……。
僕は家中を探し回り、両親と兄の姿を確認しようとした。
広い屋敷だったので、駆け回るのにも疲れたけれど……誰もいなかった。
そこで僕は、"もしかして道場で兄の稽古をしているのかもしれない"と思った。
すぐに玄関に向かい、靴を履いて裏庭にある道場に向かう。
道場の前までつく。
予想に反して、ここも明かりがついていなかった。
でも、中は調べようと思い、扉に手をかける。
瞬間、
今まで感じていた悪寒が強くなる。
訓練されてきた危険に対するセンサーが警告音をガンガンと鳴らしていた。
身体がガタガタと震えて言うことを聞かなくなる。
汗が全身からあふれ出す。
──ここに何かある……
恐ろしかったが、勇気を振り絞り、震える体を押さえつけて扉をそっと開ける。
室内には明かりはなかったが、窓から月明かりが差し込んでいたため、室内の様子はよく見えた。
──そこには。
脳天から股まで左右二つに割られている母の姿と、
右腕と首を刈り取られ、バラバラになっている父の姿がよく見えた。
辺りに死体独特の悪臭をまき散らしながら、水を零したかのようにじわじわと、とめどなく、際限無しに床に血が広がっていて、その赤黒い血の絨毯に二人の身体は沈んでいた。
二人の服は血に染まり、臓物は体からはみ出ていて、見開かれた眼には光が宿っていなく、ただ虚空のみを写していた。
その死の空間から、思わず僕はその場から飛ぶように逃げだし、道場の階段前で手と膝をつく。
身体の悪寒は最大限に高まり、息が荒くなり、脂汗で顔はびしょびしょに濡れて、目の焦点もあわない。
先ほどの光景が目に焼き付いて離れない。
突然襲った強烈な嘔吐感に、僕は逆らうことができず、たまらず真下に胃の中身を吐き出す。
その影響か、涙と鼻水も止まらなくなった。
──あの父さんと母さんを誰が……
僕の両親はそこらの達人相手では相手にもならないほどに強く、誰かに殺されるなんて想像もしていなかった。
同時に思う。
──まさか……継兄も!?
そう思い、涙で潤んだ瞳を見開いた。
その時、
ぞく、と、またもや強烈な悪寒が僕を襲う。
そして、僕に一瞬、強烈な向かい風が吹いた。
悪寒を感じた先は後ろ。
だが、悪寒の種類はさっきとは違う。僕が日常で常に感じているものだった。
風も後ろに流れている。
偶然一致したとは思えないこの現象を元に、僕は覚悟を決めて振り返る。
そして僕の視界に入ったのは、
道場の屋根で満月を見上げて、ポタポタと血が滴り落ち、それで真っ赤に染まった身長の2倍ほどはありそうな恐ろしく長い太刀を握っている、藤村継悟だった。
『…………』
絶句する。
折角継兄を見つけたというのに心が安らがない。
がたがたと恐怖で歯が鳴っていた。
『……宗か?』
僕に気づいたのか、月から目線を話して、顔を僕に向ける。
いつも笑顔を絶やすことが無かった継兄の顔にその笑顔がなく、無表情のまま感情のこもっていない目線を向けてくる。
『これ……継兄がやったの?』
そんな誰が見ても明らかなことを聞く。
分かってはいたけれど……認めたくはなかった。
恐怖で震えているにもかかわらず、頭のどこかでその現実を否定していた。
『……ああ』
一拍おいて継兄が肯定する。
『だが安心しろ。お前を殺したりはしない。お前は"染まって"いないのだからな。──いや、"染まれない"の間違いだったか』
継兄は刀を振り、刃に着いた血糊を落としていく。
その振り落とし方すら、現状に恐ろしく合いすぎるが故、見惚れるほどに美しかった。
『これから先、もう俺たち兄弟が会うことはないだろう……。だが、お前が親の敵として俺を追うのも、穏やかに平和に生きるのも、一族を背負っていこうとするのも、それを捨てるのも……お前の自由だ。好きに生きろ』
いつの間にか元のよく知る刀の長さに戻ったそれを鞘に収めていく。
そして、こちらに背を向ける。
"じゃあな、宗』
そう言って、道場の屋根から飛び降りて姿を消した。
そして、今まで感じていた悪寒が霧のように消え去る。
"待って! 継…………に……い……』
緊張の糸が切れたのか、僕は突如襲った疲労感に襲われて、意識を失った。
それから一週間後、僕は目を覚ました。
起きて早速警察に聞かされた情報は、日本全国にいる藤村の剣術を継いでいるものが殺されている事だった。
一族郎党皆殺しというやつだ。
この事件は"闇"の案件として処理されて、継兄は重要参考人兼実行犯として捜索されたが、今の今まで見つかることは無く、行方不明とされた。
行方不明とは名ばかりで実際は死亡扱いだけれども。
僕の近しい親族はすべて殺されていたため、事件後は遠い親戚にあたる"橘"の家に引き取られた。
"橘"の家は世間一般で"普通"の家だったので、"異常"な僕が馴染むには相当な時間を要した。
僕の苗字は"藤村"のままにした。
"橘"の人には苗字を変えてもいいと許してはくれたけれど、僕のような"異常者"を"橘"に入れることに抵抗を覚えてしまった。
この辺の理屈は、家に縛られていた僕の我儘に過ぎないが。
自分でいうのも変な話だけれど、そのことが原因なのか、未だに"橘"の家族とは折り合いがついていない。
中学生の頃は本当に迷惑をかけてしまったし、あの家を離れて繚乱学園の寮で生活しているのもそういう理由もあったから。
偶に、義妹が様子を見にくるけれども……なんというか僕自身が苦手意識を持ってしまっている。
いつかは、何とかしたいと思っている。
──本当のことだ。
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視界に入ってくる、"藤村"の道場を見て思う。
ここはよく継兄と剣の稽古をしていた場所だった。
わかってはいたけれど、いざ自分の中を見ることになってしまうとやはり考えさせられてしまう。
「僕は……継兄を……兄さんを追いかけたいんだ」
右手の刀を握りしめる。
「"藤村"の家のことなんてどうでもいい。……正直、両親との思い出はつらいものしかなかったから、そこまで恨んではいない。けど、一族皆殺しのことを恨んでないなんて言えば嘘になる。親戚の人の中にも僕によくしてくれる人だっていたんだ。その人たちのことを考えると……恨まずにはいられない」
傷だらけの僕に笑顔を向けてくれたおじさんとおばさん、従妹の顔を思い出す。
「周りの同情の視線も嫌だった。……そんな目で見るなって叫びたかった」
警察の、世間の憐れんでいるような、見下しているような視線が大嫌いだった。
「でも……それでも、あの継兄があんな事件を起こした理由を知りたいんだ。本人の口から」
いつも浮かべていたあの笑顔が嘘だとは思えない。
宗家の長男だった継兄がそんな荒事を実行した理由が未だ見当がつかない。
継兄も"藤村"に対してあまり良い印象を抱いてはいなかった。
けれど、家の体制が気に入らないなら家を継いだ後に取り壊せばいいだけだ。
それだけの力を継兄は持っていた。
だから、何も皆殺しを実行しなくたっていいはずだ。頭のいい継兄が気づかないわけがない。
何か……他に理由があるはずなんだ。
「僕は継兄が死んだなんて信じちゃいない。"闇"中を探し回ったけど。結局見つからないままだけど。──あの継兄が死ぬわけない」
"藤村"全員を殺した人間が……あの鬼のように強かった継兄が死ぬなんて両親以上に想像できない。
「けれど、"ここ"なら見つかるかもしれない。どこか違う世界にいるかもしれない。単なる予感だけど、僕の予感ってうちのリーダーと違って結構当たるんだ」
だから、
「お前を手にして今度こそ、継兄を探し出す。──それがお望みの回答だよ」
アンサーをにらむ。
かなり断片的に話したし、こいつには何のことかはわからないだろう。
けれど、大事なことは伝わった。
そんな気がする。
【…………そうか】
聞き終えたアンサーは自分が突き刺した剣に手をかけようとする。
「ああ、そうだ。もう一つ理由があるんだ」
ぴたりと、伸ばしかけた手を止める。
「僕としたことが、怒られるところだったよ」
張りつめていた顔が、無意識に弛緩した。
「仁と凛が行くっていうんだ。訳の分からない、異世界だなんて危険なところに行くっていうんだ。だから……」
局長さんにも言った事だけど、理由って聞かれてこれを言わないわけにはいかない。
「仲間と──友達と一緒に戦うために、2人を守るために、その力が欲しいんだ」
僕は君たちに救われた。
その恩を一生をかけても返そうって決めた。
だから、例え笑われようと、蔑まれようと、本人たちから否定されようとも。
──この誓いを揺るがすわけにはいかない。
【──はは、ははは、はははは!!】
アンサーが声をあげて笑う。
こいつ笑い上戸なのかな?
さっきから笑ってばかりだ。
口元の形でしか表情という表情を確認することができないが、さっきの笑いを"感心"と捕らえるならば、今の笑いは単純に"愉快"なのだということはわかる。
「何がおかしいのかな?」
こいつ、僕がカチンと来ることをわかっててやってるね?
【はは……いや、すまない。不愉快に感じてしまったのなら謝ろう】
くくく、と声を漏らすアンサー。
謝る気あるならまず笑いをとめろよ。
【また私は思い違いをしていたようだ。だが、中々どうして私もまだ落ちぶれてはいないらしい。節穴というのは訂正しよう】
「……は?」
突然何言ってるんだろう。
【君はどうしようもなく騎士にはなれそうにない。先ほどの見込みも訂正だ。だが、ヒーローになれる器がある。私を造りし"あの方"と同じヒーローに……な】
アンサーはそういって優しくほほ笑んだ。
とてもさっきのような剣技を繰り出せるような奴には見えない。
「冗談はよしてよ。僕にヒーローなんて荷が重すぎる」
想像しただけで腹を抱えてしまいそうだ。笑ってしまう。
「──それに、ヒーローはもういるんだよ、僕の他に。そいつの役割を従業員の僕が取っちゃったらダメじゃないか」
【……ふ、そうか。君ならばと思ったが……私もそのヒーローに会ってみたいものだ】
アンサーはそう言って、床に刺さった剣を抜き放ち正眼に構える。
【さて、続きを始めようか。……構えるといい】
異論はない
僕も言われた通り構える。
──"鬼人構え"に。
【……むっ!?】
「……お言葉に甘えて……」
あんだけ笑われたんだ。ストレスが溜まっても文句は言えないだろう。
せめてすっきりするまで、斬らせてもらうよ……!!
§--------------------§
「……一刀……乱舞──」
僕は小さくつぶやき、アンサーに突貫する。
「──雷嵐」
袈裟懸けに振る。
見た目は水蓮とさして変わりない。
技の始動も水連と変わりない。
【…………ッ!!】
アンサーは面を食らっていたが、風を裂く轟音と共に襲ってくる嵐のような斬撃を、一つ一つ丁寧にさばいていく。
並みの剣士では視認することすら困難なこの斬撃をさばけるのは素直にすごいと思える。
だが、
「まだだよ」
この技は"乱舞"なのだ。
水蓮を体力の限りに何度も振り続ける。ただそれだけの"乱舞"。それだけで技へと昇華される。
それが"雷嵐"だ。
2回、3回、4回と繰り返し振り上げ、振りおろし、薙ぎ払いに乱雑に刀を振っていく。
振るう反動を利用して次の斬撃につなげ、その速さは徐々に加速していく。
そして、僕とアンサーの間合いには──ネズミすら通れないほどの斬撃の弾幕が展開されていた。
【…………っぐぅ!!】
あまりの多さにアンサーは思わず苦悶の声を上げる。
それでも何とか対処していくが、奴といえどやはりすべては捌ききれない。
傷は浅いがいくつか斬撃を浴びせることができた。
そして、一瞬動きが怯んだ。
「……ッ!!」
僕はこのチャンスをつかむために、アンサーの肩目掛けて刀を振り下ろす。
【ッ! 甘いぞ! 少年!!】
アンサーはいくつかの"雷嵐"の斬撃を覚悟して、僕の振り下ろしをバックステップで避ける。
腕に足に胴体に浅くはない斬撃が入るが、いずれも致命傷とは言えない。
「……まだまだ」
驚きはしたが、予想の範囲内だ。すぐさま次の攻撃を仕掛ける。
「一刀……奇陰……」
左手を前に構え、剣を持った右腕を目いっぱい引く。
そのまま、
「──刺折」
アンサーの喉仏目掛けて全力で突く。
【ぬぅぅん!!】
しかし、追い打ちの突きをアンサーは回避で稼いだわずかな時間をつかって回復させた体力を持って、右手に持った剣で僕の刀を弾く。
ズパッと、左肩の二の腕部分を切り裂く。
今までよりも一番深い切り傷だが、まだ甘い。
「……くそ!」
まだ斬らせてくれないのか……!
【次は……】
アンサーの殺気が一気に膨らむ。
【こちらの番だ!!】
ブォォォン!!
と、とても剣から出せないような音と言い知れぬ圧力がかかった斬撃が胴体目掛けてやってくる。
躱すタイミングを見失った僕は、刀で防ぐ
ガギィィィィィィンンン!!!
と僕の腕ごと刀を砕いてしまいそうな衝撃が襲い、後方に吹き飛ばされる。
──まずい!!
このチャンスをアンサーは逃さない!
【はあああああ!!】
さっきの防戦一方なスタイルは形を潜め、烈火のような、激しい斬撃が襲ってくる。
一撃一撃が重すぎる。腕が持っていかれそうだ!!
刃を打ち合わせるたびに耳鳴りがするほど甲高い音が鳴り響き、火花が散るせいで目がちかちかする。繰り出される剣撃もすべては捌くことができず、体の至る所に斬り傷をつけてしまう。
さっきとは完全に攻守が交代してしまった。
「……ぐああ!!?」
僕が怯んだその一瞬にアンサーは渾身の振り上げで、僕の刀は打ち上げられ、身体も宙に浮いてしまう。
──身動きが取れない!!
──もう、ここは……!!
【これで……】
アンサーが必殺の念を込め、剣を振りかぶる
【終わりだあ!!!】
僕の体を左右真っ二つにすべく斬撃が放たれた。
──ここだ!!
「……一刀……捨身──空蝉」
振り上げられた右腕を振り下ろす。
【もう遅いわ!!】
そう、今のタイミングでは刀を使って受け流すことはできない。
そう刀を使っては……だ。
ザシュウウウウ!!
と、アンサーの剣は僕の右腕の手のひらから肘のあたりまでを切り裂いた。これでもう右腕では刀を振れない。
対価として、
【な……!?】
アンサーの剣は完全に受け流され、決定的な隙を生んだ。
"空蝉"は腕を代償とする代わりに、相手の強力な斬撃を受け流す技。
アンサーに武器で受けると思いこませ、"空蝉"を使って大振りの強力な斬撃を無効化させる、僕の賭けだった。
そして、弾き飛ばされた際に体で隠して手放していた刀を左手でつかみ最小限の動きでアンサーの右腕を斬る。
ズパアアア!!
と、もう剣が持てないくらいの深い傷を与えた。
本当ならば完全に致命傷を狙いたかったのだが、右腕の痛みと宙に泳いだ体が原因で、利き腕を奪うという結果しか結べなかった。
しかし、アンサーは、
【……なめるなよ、小僧!!】
手放した剣を素早く左手でつかみ、僕の左腕目掛けて振り上げる。
「…………!!?」
反撃が来るとは思っていなかった僕は完全に虚を突かれ、されるがまま左腕を切り裂かれ吹き飛ばされる。
そのまま、刀を手放し、鮮血をまき散らしながら、受け身も取れず床にたたき伏せられる。
アンサーも痛みのせいなのか追撃はしてこない。
「……がは……ごほ……ごほ……」
背中から落ちたため、呼吸が乱れる。
痛みと疲労で景色がゆがむ。
おかしいな、僕、体だけが取り柄なのにな……
それに、こんなに斬られたのいつ以来だ……?
朦朧とした意識の中、アンサーの声が耳に届く。
【……体力は底をつき、両腕も封じられ、意識を保つのもままならない……】
ふー、とアンサーは息を吐く。
【私も右腕を封じられたが、左腕で君の首を飛ばすことだってできる。……もう勝負はついただろう】
がっ!
と、床に剣を突き刺す。
【君の強さを敬意をもって、自害をする機会を与えよう】
──は?
──今なんて言った、こいつ。
【東洋の島国には、"切腹"という自決手段があるとな。なんでも、自ら死を選ぶことで美しく散ることに雅を見出すとか。君も東洋の人間だろう? そうしたほうが本望なのでは?】
「…………おい」
倒れたまま、転がっているはずの刀を探す。
こいつ、俺に切腹しろっていったのか?
「……やっぱりお前の眼は節穴だよ……」
歪んだ景色の中、ようやく刀を見つける。
少し距離があるな……
「俺が自分で死ぬことが美しいって本当に思ってんのか……?」
這い蹲りながら匍匐前進ようなぎこちない動きで、みっともなく刀のあるところまで移動する。
「死んで何になるってんだよ? 何が残るってんだよ? 美しさ? 雅? ……違うだろ、何も残んないだろ」
かつて真っ暗な闇の底にいた俺にそういってくれたヒーローがいた。
「たとえみっともなくても、薄汚れようとも、意地汚くとも、……前向いて生きていくほうがよっぽど綺麗なんじゃないのかよ?」
右手に刀が触れる。
ようやくついたか。
「それに……俺が死んだら誰が継兄を止めるんだ? いつも俺を心配してる恭子はどうなる?」
顔を柄に近づける。
「俺が死んだら……誰があの2人を守ってやるんだよ?」
体を動かし続けたからか、強烈な痛みが襲い、痙攣を起こす。
……だが、そんなのはどうでもいい。
「俺は生きて帰るぞ……。生きて帰って、あのヒーローと肩を並べて生きていくんだよ!!!!」
そうさ、忘れちゃいない。
あのやる気のないヒーローと素直になれない女の子と一緒に肩を並べる。
あの誓いを、この目標を──あきらめるわけにはいかないんだ!!!!
ガッ!!!
と、剣の柄を噛んでで挟む。
震える足を抑えて、ふらふらになりながら、食いしばりながらも何とか立ち上がる。
アンサーの姿なんぞ朧気にしか見えない。
けど、十分だ。刀があって、両足で立てる。──十分だ。
【…………すまない、私の無粋な問いかけに、水を指してしまったようだ。……非礼を詫びる】
ずん、っとアンサーが剣を抜く音が聞こえる。
【さて、勝負のことだが、私と君とでは体力の差に問題があるようだ。……今までは同等の体格の相手ばかりしていたのでな、配慮が足りなかった。そこで、この一本の勝負で勝敗を決したいと思う。……いいだろうか?】
なにやら色々理由をつけているが、さっきの詫びの代わりに一本勝負にするってことだろ?
──願ってもないよ、それならまだ勝ちが見える。
俺の表情を見て判断したのか、アンサーは続ける。
【異論はないようだな。……では、始めよう】
アンサーは居合の型をとり、構える。
殺気が恐ろしいまでに凝縮されているのが分かる。
俺も歯で刀を噛んだまま、構える。
歪んだ景色に叱咤を下し、始まる一本への集中に全力を注ぐ。
俺達の殺気は互いに混じりあい、せめぎ合い、混沌としていく。
極限の環境の中、床の一部にピシッと亀裂が入る。
それを合図にアンサーは手負いの状態とは思えないほど、さっきの非礼など欠片と考慮せずに全力で斬りかかってくる。
対して俺は満身創痍のスクラップだ、。スピードは期待できない。
なら、──全ての体力を一振りに注ぎ込む!!
俺は全く動かずにアンサーを迎え撃つ。
アンサーも俺が動かないのを気にも留めない。
やがて、俺達の間合いは重なり、
「………………ッッッ!!!!」
頭と体の全身駆動を使い全力で振りぬいた一刀と。
【オオオォォォォ!!!】
雄たけびをあげ、魂を糧とした渾身の一刀と。
ザンッ!
という、肉を切り裂く音と、ドサッという体が叩きつけられる音が戦いに終止符を打った。
§--------------------§
体力が切れた僕は糸が切れたように、その場に崩れ去る。
……一体、どうなったんだ?
【──フフッ】
声がする方に顔を向けると、立ったままのアンサーが薄く笑う。
そして、
パキイィィン
と、アンサーの剣から砕ける音が鳴った
同時にアンサーを覆っていた背の高い男の姿はすぅっと消え去り、光をまとった細身の西洋剣が姿を現した。
【最後の一本勝負は君の勝ちだ。そして私は剣を折られ、姿が消えてしまうほどの傷を負った。──試練の突破、おめでとう選定者】
負けたというのにどこか楽しげなアンサーの声音。
最後までムカつく奴だ。
【しかし、一ついいかね?】
「…………何?」
こっちは痛くて意識飛びそうなんですけど?
【あの交錯の一瞬、私の体が違和感を覚えて一度止まってしまったのは見ていただろう。君の仕業か?】
そう、アンサーは切りかかるその一瞬だけ動きを止めたのだ。
「……ああ、今更効いたのか……」
あの喉仏に放った突き、"刺折"は実は喉仏を狙っていたわけじゃなくて左腕を狙っていたのだ。
全身に麻痺を起すツボを刺激し、全身駆動に繋がる筋肉を断裂することで動きを止める。
剣を通して通じなければ、直接やってやろうと仕掛けた技だった。
まあ、最初は本気で喉仏を狙ってのは事実なんだけども。
【なるほど、完全に君の術中にあったというわけか】
静かに高度を下げるアンサー。
よく見るとまとっている光も徐々に輝きを失っている。
【ありがとう、少年。久々に満足する戦いができた】
「……いい加減少年はやめて。僕には藤村宗一って名前があるんだ」
【──そうか。失礼した。君の願いを叶えるため、君が地に伏せ朽ち果てるその時まで、君の剣であることを誓うよ】
そして、いつの間にか現れた台座に再びその身を突き刺していく。
【これからよろしくな、宗一】
瞬間、
道場の天井に蜘蛛の巣のようにひびが入り、ぴしぴしと広がっていき、
アンサーが作った結界が割れた。
§--------------------§
目を開くと見覚えのある景色が広がる。真横の光景なので僕は倒れているようだ。
所狭しと武器が並んだ倉庫の光景だ。
途端に全身に痛みが襲う。
確認するとアンサーにやられた傷がそのまま残っていた。
「……夢じゃなかったみたいだね」
あの戦いは幻なんかじゃなかった。
なんだか恥ずかしいことも言った気もするが、全力で忘れることにしよう。
「まったく、とんだじゃじゃ馬剣だよ」
痛みに耐えて、剣の柄を杖代わりに立ち上がる。
ついでに剣を抜いてみる。
だが、
「……げ。これ刃がないじゃん……」
そう、この剣には刃がつぶされていた。
どうやら戦闘でこの剣を使うことは難しいみたいだ。
「まったく……仁の不幸がうつったのかな?」
僕がそういうと、剣の宝石がきらきらと点滅した。
不思議と怒っているのではないかと思ってしまう。
そして、なにやら遠くから僕を呼ぶ声が聞こえてくる。
声音的に……局長さんと心音ちゃんかな? 仁と凛の声が聞こえない限り、僕が一番乗りのようだ。
──ちゃんと戻ってこいよな、2人共。
「……はは」
訳も分からず苦笑してしまい、剣を握ったまま、意識を手放した。




