16.騎士の理想
一番引き寄せられる感覚を頼りにたどり着いた武器はやはりというべきなのか、青い鞘に納められたまま石の台座に突き刺さった西洋剣だった。
いや、"やはり"というのはちょっと違うかな。
僕は別に剣だからといって使えないわけではない。
むしろ剣だからこそできるような技だってある。
けれど、やっぱり僕の剣術では刀が一番使いやすい。
だから、ここに突き刺さっているのが西洋剣じゃなくて、日本刀ならば納得いくんだけど……なんでだろ?
そんな疑問を浮かべている僕を除いて、仁と凛は準備を進める。
ん、用意できたみたいだね。
仁と凛の様子を見て、僕は剣の柄に手を当てて意識を集中させる。
細身の割にはごつごつとしていて、その存在感を僕に証明しつづけている。
結構使いやすそう、と思っていると途端につかんでいた右手に刺すような痛みが走る。
「っつ!?」
思わず剣から手を放して、閉じていた目を開いてしまう。
すると、
ぞわぞわわ、と剣を中心に得体のしれない黒い何かが目の前の情景を、世界を覆い尽くしていく。
立てかけられた武器たちが黒い何かに浸食されていき、ついには、
僕の周りの世界が地平線まで、すっぽりと黒い何かに染められてしまった。
「…………」
その様子に僕は言葉も出なかった。
これが、試練ってやつ?
なんか……すごくキナ臭くなってきたんだけど……
今更そんなことを思っていると、
突然目の前で何かが光りだした。
さっきの青い剣だ。
【──君かい? 私を呼んだのは】
どこからか、僕に対して声がかかってくる。
もっと言うならば、"頭に響いてくる"。
【やれやれ。最近の人間はロクに返事もできないのかい?】
その言葉で、僕は目の前の剣が喋っていることに気が付いた。
「……申し訳ないね。最近の人間は、剣がしゃべるなんて非常識なことは教えてもらっていないんだ。いい勉強になったよ」
即座に気を取り直す。言われっぱなしで黙ってなんていられない。
皮肉を交えて剣に言葉を返す。
【ふ、口だけは一人前のようだな。どうやら、君が此度の選定者のようだね。何百年以来だろうか……?】
剣の光が点滅する。
どうやら、声を発しているときに点滅するようだ。
【ここは、私が張った結界内だ。今の君たちは結界術式とでもいうのかな】
昨日局長さんが言ってた話にそんな種類の術式があったっけ……
【今から君の心象風景に結界を塗り替えよう……】
その言葉を皮切りに、点滅していた光が波紋状となって外に広がる。
真っ黒だった世界は一変する。
それは剣を中心に世界が浸食されていく様であり、最後には、僕が"昔見慣れた"道場になっていた。
「……ッ」
言葉がない。
だって、この道場は…………
【自己紹介が遅れたな。私はアンサー。結界を司る剣だ】
放心している僕を無視してアンサーは点滅を続ける。
【試練の前に私の晶術を教えておこうか。この通り、結界を張ることはもちろんなのだが、本来の使い方は別にある】
すぅ、と鞘ごと台座から離れて、徐々に上昇していく。
【近接武器に私を触れさせることで、その武器のすべての情報を読み取り、武器の形に張った結界内にその情報を加えることで同じ武器を作ることができる能力だ。ある程度時間がたったら消滅するが、時間が立つ前に消すこともできるし、魔力の注入量によっては存在時間が長くなる。一番作りやすいのは剣や刀だが、ほかの武器も不可能ではない。魔力は余計にかかるうえに時間も短いがな。ものによっては作れないものもあるのだが……まあ、例外中の例外だからそんなに気にしなくてもいい。】
「…………」
アンサーは先ほどからだんまりを決め込んでいる僕を怪訝に思ったのか質問を飛ばす。
【どうした? 先ほどまでは威勢がよかったのに突然だんまりだな】
「……どうして」
【ん?】
「どうしてこの場所なの?」
【この場所……ああ、道場のことか? そんなのは私にはわからない。君の心の底にあった心象風景を忠実に再現しただけだからな】
──心の底……
──そうか。
──やっぱり、僕はまだ"追いかけている"んだね。
【さて、これ以上私の自己紹介も必要ないか……。そろそろ試練を始めようか】
アンサーは光をまとったまま鞘から抜き放たれる。
抜き放たれた鞘は霧か何かのようにすぅっと消えていく。
そして徐々に薄くだが刀身の周囲に背の高い騎士のような男の姿を現していく。
【ルールは至って簡単だ。先に致命傷を負わせたほうの勝ちだ。剣に"使われる"だけの無能なマスターは願い下げなのでな。試練に失敗すれば、容赦なくその命をいただくとする。ちなみに私は魔術は使わない。この身体も人間と同じ肉体のものだ。純粋な剣技のみで勝負したいのでな】
浮かび上がってきた男は右手を前に出す。
すると、
パキン、という音とともに一振りの日本刀が生まれた。
それを、僕に向かって投げる。
一応鞘入りだ。
シャラン……
と、試しに抜いてみる。
刃こぼれ一つなく、鋭い輝きを宿しているそれは、名刀そのものだった。
【それを使うといい君は剣より"それ"のほうが合っているのだろう?】
男──アンサーは今度は左腕を開いて、
パキン、と同じように剣を生み出す。
両刃の西洋剣だ。
「お気遣いどうも。よくわかったね。僕が刀好きってこと」
【少し考えればわかることだ。この道場が君の心象風景ということは極東の島国に縁のある人間に違いないからな。私の試練を受けるほどだ。刀を得意としていなければ話が合わないだろうて】
アンサーは正眼に剣を構える。
【おしゃべりが過ぎたようだな。──そろそろ始めさせてもらおう】
辺りの空気が張りつめいていく。
これほどの気を張れる人は僕の知る中でも片手で数える程度で足りるだろう
相手はどう考えても強敵だ。無事に勝てるかも怪しい。
──それでも、死ぬわけにはいかない。負けるわけにはいかない。
「…………」
僕も鞘を腰に差して、陽の構えをとる。
時間がたつにつれて辺りの気が濃くなっていく。
一瞬が命取りになるセカイの出来上がりだ。
ピチャン
と、僕の手首から汗が床に落ちて弾ける。
その音を合図に僕とアンサーは同時に切りかかった。
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アンサーは袈裟懸けに。
僕は抜き胴の形で。
甲高い音とともに重なるように激突する。
身長差もあってなのかアンサーとの鍔迫り合いは分が悪い。
ぎしぎしと押し合えされてしまう。
足腰と腕に力を溜めてアンサーの身体を押し、飛ぶように後方に運ぶ。
すかさずアンサーは追撃するが、僕との鍔迫り合いで"ぶれた"のか、ところどころ甘い。
しかし、それでも鋭さまでは失っておらず、突きを刀で流しながらも僕の髪の毛を数本持っていく。
5回目の突きが終わった瞬間、僕は6回目の突きに合わせるべく刀を横に構える。
ぎりぎりで合わせた結果、僕の頬を裂いたアンサーの突きは勢いを弱めることのないまま後方へと抜けていき、剣の刃を滑るように、合わせた刀で僕はアンサーに切りかかる。
瞬間、アンサーの身体が僕の視界から消える。消えたように見えた。
この返し技にアンサーは身体をそらしながら真半身になり、紙一重で刀の軌道から外れたのだ。
どうやら身体の重心を背中近辺に動かしていたみたいだ。
そうじゃなければ、この身体駆動の説明がつかない。魔術なるものは使わないっていってたし。
空振りの結果、僕の身体は泳いでしまう。
それを見逃すアンサーではない。
すかさず切りかかるべく腰で剣を振るように勢いよく剣を振りかぶる。
泳いでしまったもは仕方がない。
それを利用するべきだ。
僕はすばやく足を地につけて、
「……一刀……緊縛──」
アンサーの背を向ける形で回転し、
「──水面枷」
遠心力を腕の力に加えながら襲い掛かる剣に合わせる。
再び、辺りに鉄を打ち付けた頭に響く音が鳴る。
水面枷は、斬るための技ではなく動きを制限する技。
相手の獲物に対して衝撃をぶつけることで、痺れを誘発させ動きを止める。
【ぬ……!?】
剣から痺れが伝わってきたのか、アンサーの動きに精彩さがかけている。
「そこ!!」
とどめを指すべく、その首筋に向かって刀をふるう。
──が、
アンサーはその光の口元を笑みで吊り上げる。
【甘いぞ、少年】
僕の刀を上に弾くように、剣を振り上げる。
騙されちまった!
この野郎、初めからそんなに痺れていなかったな!?
ギィィィン!!
と静寂とした世界の中で甲高い金属の悲鳴が木霊する。
そして僕の無防備にさらけ出した胴に対して、横一線に剣をふるう。
ゾン!!
と、空気を切り裂く恐るべき轟音が襲ってくる。
「…………っ!!」
僕は振り上げられた刀の重みを使って何とか体を後ろにそらすべく体重移動を開始する。
足取りが崩れてしまうが四の五の言ってはいられない。
バランスを取りながらも僕は曲芸師宛ら、大きく上体をそらして斬撃を躱す。
顔すれすれに刀身が通り過ぎ、思わず肝を冷やす。
【な……!?】
当たることを予感していたのか、アンサーは驚きの声を上げる。
その隙に、僕は体制を整えて、素早く間合いから離れる。
「はあ……はあ……はあ……」
今のは、まずかった。
そもそも水面枷がまるで効いていないというのが凶悪だ。
2秒は止まると思っていたその動きは僕の予想を大きく超えてコンマ1秒で持ち直し、あまつさえ反撃のカウンターの好機にまでしている。
呼吸を荒げながらも警戒を解かない僕を、アンサーは見て、ふっと笑う。
【随分と目がいいな。それに真剣勝負だというのに妙に場馴れしている。君のような年頃の少年でも、皆そんなに力をつけているのか?】
「はあ……さあ、ね。百年単位で引きこもってるあんたにわかるわけないだろ?」
【フ……ハハハ……、フハハ……ハハハハハハハ!!!】
何が面白いのか、アンサーは僕の答えに対して笑った。壮大なハウリングを伴って。
何が面白いのかはわからないが、笑いの意味は分かる。不気味なまでの純粋な感動と期待だ。
ひとしきり笑ったアンサーは、わずかに警戒を解いて、
【──強いな、君は】
と僕に言葉をかける。
【数手しか合わせていないが、それでもわかる。私をここまで防御させるほどの剣技、私の剣を見切るその目と対応する体、剣のやり取りを仕掛けるタイミングと胆力、技量。そして全身がしびれるような、あの妙な技……。どれを見ても君のような年若い人間が持つには過ぎた力だ】
「お褒めの言葉、ありがとう。お世辞でも売ってるつもりならやめたほうがいいよ。手加減するつもりなんてないんだし、認めたくないけどあんたは強いからね。やられる前にやるよ」
【いやいや、純粋に感心しているんだよ。邪推にとらえないでもらいたい】
アンサーはついに正眼の構えを解いた。
「ならいい。さっさと続きを始めようよ。構えて」
【なんだ、今なら私に切りかかるチャンスじゃないか】
「今斬りかかっても、あんたに勝ったことにはならない」
【ふ、君に騎士の理念は皆無かと思っていたが、存外そうでもないらしい。私の目も節穴になったものだ】
口には出さないが否定しておく。
確かに構えを解いたものに切りかかることはしない。
でも、それで勝っても寝覚めが悪いだけだ。強い相手ならなおさら。
【1つ聞きたいことがあるんだよ。答えてもらえないか?】
「……何?」
【前置きに、私の試練を受けたものは過去に何百人もいた。素養のある人間も、ない人間も十人十色に受けてきた。けれど、実際に私を持ちことが許されたものは5本の指に収まってしまうほどの人数だった。確かに素養のある人間は大勢いた。ほかの晶術の試練を受けていれば認められていただろう。だが私は、私を打倒しうる人間のみをマスターとして認めることに全てをかけた。私を"創った"ものはそういった妥協を一切許さない人間だったせいなのか、自分でも思うほど、ひどく頑固になってしまってな。おかげで数多くの命を手に掛けた。私を使うことはそれほど難しいんだ】
「前置きが長いよ。何かと思ったら、ただの自慢話かい?」
【そんな中君の力は、過去に試練を受けた者の中でもかなり上位にいる。その年の人間であるにかかわらずだ。場合によっては危険な力になるかもしれない。だからこそ──1つ答えてくれ】
「危険って……言いにくいことはっきり言うんだね」
【性分なのでね。──さて】
ガッ!
と、床に西洋剣を突き立てる。
【君は何故剣をとる? 何故力を求める? 何故私を欲する? ……答えてくれ】
「…………はは」
──何故?
──そんなの……決まってるじゃないか。
──この光景が、"道場"が、その証拠になっているんだから。
僕は過去に起こった自分の"根源"を思い出しながら、問いに応えるべく、口を開いた。




