11.素養
「……終わったか」
オレは忘却術式にかかった二人を見て言う。
この『ダモルド』は脳への負担が低いうえに『適正の低い人間』に対してはよく効くのだが、反面に『適正の強い人間』には効果が弱い。
なので、このような迷い込んだ『侵入者』に対してはこのように拘束して記憶を消すという処理が執り行われているのだ。
念には念としてこいつら二人にも『バウン』をかける。
すると、杖から出てきた光の縄が二人の手足を縛っていく。
「こっちも終わったよ〜。」
どうやら能天気女がもう一人の女に忘却術式をかけたみたいだ。
「……ついでだ。束縛術式もかけておけよ」
「なんでさぁ? そこまでしたらかわいそうじゃん……」
「不用意に目を覚ましたらこいつら逃げ出すだろうが。また捕まえて術式をかけるなんて二度手間はごめんだな」
「……確かにそうだね……ごめんね、凛ちゃん……」
心音が洋弓を持っていないほうの手を女の手首に当てる。
ポウっと光が心音の手と女の手首を包んでいく。
やがて、光は縄も形をとり彼女の手を縛っていく。
「いくぞ。さっさと『表』の方に転がして終わりにする」
「もう! 何でそんなキツい言い方しかしないの!? 元はといえばあたしたちの……」
「生憎、人語しか知らんのでな」
オレは心音のセリフを遮って、杖を振り浮遊術式を男二人にかける。
──本当に余計な仕事だったな。
「ご苦労だったな『応援者』。さっさと自分の持ち場にもどれ」
オレは周りを囲っている『応援者』に指示を出して足早にフロア奥にあるエレベーター向かう。
「……なんであんな言い方しかできないのかなぁ……育ちの問題?」
後ろで心音が何かつぶやいたような気がしたが、よく聞こえなかったので気にしないことにした。
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──暗い。
自分が澱みの中に落ちていくのを感じる。
まるで遠い昔に……まだ何も覚えることが、真似ることができなかった昔に経験した熟睡というものに似ている。
自分が今まで何をしていたかどうかも記憶に虚がかかったようにぼんやりとしか浮かんでこない。
──なんで俺、こんなにぼんやりしてんだ?
思い出そうとするが、強烈な眠気の影響なのか頭がうまく働かない。
────これじゃ『絶対記憶症候群』形無しじゃないか……
俺は自分に少しあきれて小さく、本当に小さく息を吐く。
そして俺は自分の言葉に疑問を抱く。
──待て……絶対記憶症候群?
──確か俺……熟睡したら……
直後、体に激痛が走る。
その痛みで俺の頭は覚醒する。
───そうだ!このまま落ちると俺は…………!
身の危険を感じた俺は、
「っっっうああああああああああああああああああああああ!!!」
靄がかかった頭と倦怠感をまとった身体をたたき起こすため、澱みの中で絶叫した。
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──1階 エントランス
ばちっと目が開く
……何とか間に合ったみたいだ。
俺はあの澱みから抜け出せたらしい。
今は仰向けの状態なのか目に入る光がやたらとまぶしい。
我慢して目を凝らすと、見たことのない天井、というより、寝室という雰囲気がしない光景が広がる。
まるで西洋にある古代の城みたいなそんな光景だ。
思い当たった瞬間──俺たちがどんな状況なのか思い出した。
「っっおい!! なんだこりゃ!?」
今の俺は手足を変な縄で縛られてるうえに空まで飛んでいる。
おまけに横には同じ状態の宗一がいるし……
何とかしようと叫びながらもがいてみる。
「なっ!!」
前にいた金髪の男───ゼノフォードが驚きの声を上げる。
それが功を奏したのか俺と宗一にかけられた『宙に浮いている』という状態は解かれた。
「ぐぇ!」
受身も取れずに1メートルほどから落下したのだ。
これくらいの情けないセリフは勘弁してもらいたいな……
宗一も落下して、
「……う……ん?」
と意識が覚醒しかける。
──よし、これならすぐ目が覚めるだろ。
頭を動かして凛を探す。
すると目の前に、
「……うそ……起きちゃったの?」
と、驚愕をあらわにしている篠木田の横で同じく宙に浮いている凛を見つけた。
「くそが。余計な手間かけさせやがって」
後ろからゼノフォードの声が聞こえる。
──またあの光を浴びせる気なのか!?
「起きろ、凛、宗一!! 光浴びせられる前に逃げろ!!!」
「……何?」
「……え?」
ゼノフォードと篠木田が何か言っているがかまっている暇はない。
──何とかあいつらだけでも……
そう思った俺は二人に向かって叫ぶ。
しかし、俺は後ろからゼノフォードに身体を起こされて襟を掴まれる。
「おいお前」
「なんだよ。離せよ。そんでとっとと拘束といてくれや」
「あのことをまだ覚えているのか?」
その顔は驚きと疑いの感情で彩られていた。
「ったりめーだろうが。あんな超常現象をどう忘れようってんだよ。俺じゃなくても忘れないと思うぞ」
確かにオカルトにかかわってきたかというと無きにしも非ずだが、あの真っ黒な穴然り、ここまではっきりとした超常現象は初めてだ。
「……これは、もしかして……」
ゼノフォードは掴んでいた手を離して俺を地面にたたきつける。
そして宗一のほうに近づいて同じように襟を掴む
「起きろよ」
宗一の頬を一往復ビンタして無理やり覚醒させる。
「……いたた……ここは……」
少々痛そうに顔を歪ませながら起きて、
「君は……ああ、なるほど。僕たちは負けたんだったね……」
ゼノフォードの顔とそばで転がっていた俺の顔を見るやそうつぶやいた。
──どうやら、覚えてるみたいだな。
「おい、心音」
「……え? 何?」
「その女を起こせ。覚えているかどうか確認しろ」
指示通り心音は凛をおろして手の拘束を解き、身体を揺さぶる。
「……ねえ、起きて。凛ちゃん」
「……ん……ここは……って心音?」
「よかった起きて。あたしがしたこと覚えてる?」
「えっと……心音が私を撃ったこと?」
言い辛そうに答える凛。
そりゃ、そうだろうさ。
何が悲しくて自分を撃った相手にそんなこと聞かれなきゃなんねぇんだってな。
「当たりか……」
そういってゼノフォードは俺と宗一に向かってさっきの杖を振る。
すると、足の拘束だけ解けた。
「おいこら。手のほうも……」
「心音。予定変更だ。『司令室』に連れて行くぞ」
「人の話を……」
「それって……もしかして……」
「おい、無視すん……」
「ああ、"そういうこと"だ。初めてなんじゃないか? こういうケースは」
そういうと、ゼノフォードは来た道を引き返す。
「お前らついて来い。安心しろ、おとなしくしていれば危害は加えないでおいてやる」
そして、俺たちに向かって振り向いて、小気味よく笑いながら命令してくる。
「凛ちゃん、ついてきて。もう撃ったりしないから」
見ると篠木田は凛に向かって手を差し伸べて笑顔を向けている。
その対応を前に凛は困ったように俺を見る。
何があったかはよくわからんがこいつらの態度は激変した。
なら、抵抗しないで素直についていくのが今は吉か……
そう思った俺は凛に向かって一つ頷く。
それを見た凛も一つ頷いて篠木田の手をとった。
「これどういう展開なんだろうね?」
「よくわからんから、今はついていくしかないだろう。下手に動くよりはよっぽどマシだ」
宗一の疑問に俺はそう答えるしかなかった。
……ってかあいつらぜんぜん人の話聞かないな。
ゼノフォードだけだと思ってたけどなんだかんだで似た者同士なのか?
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──70階 『指令室』
エレベーターに乗せられた俺たちは70階なんていう馬鹿みたいに高いフロアまで連行された。
エレベーターの扉が開く。
そこには、
「……うわぁ」
凛が感嘆の息を漏らす。
それも無理ないだろう。
列状にずらりと並んでいる多くのコンピュータとそれらを操作しているオペレーターみたいな人たち。
中心にはこれまた大きいスーパーコンピュータが置かれている。
俺が見たことのある中であれより大きなものは見たこともないし、知らない部品もいくつか混じっているようだ。
さらに壁。
巨大な液晶のディスプレイがフロア中の壁に何枚も掛けられており、文字と数字の羅列が隙間なく映し出されている。
まるでどこかの作戦指示室だ。
「こっちだ、ついてこい」
その中をゼノフォードは堂々と切り込んでいく。
否応もなく俺たちもそれに続く。
最後尾に篠木田がついていく。
オペレーターの横を通り過ぎると、驚くような怖がっているような顔をされたのを見て、
「……おい」
と、俺はゼノフォードに小声で声をかける。
「……なんだ? あまり無駄口をたたくんじゃない」
「横にいる奴らがなんか怯えてんだけど」
「それはそうさ。まだこのことは報告していないからな」
何でもないようにゼノフォードは言う。
「っておい。それって俺ら結構危ないんじゃ……」
「だから言っただろう。余計なことしなけりゃ危害は加えないと。あいつらのことは後で対処する。いいから黙って歩け」
発言権を失った俺を見て今度こそ完全に口を閉ざし黙々と奥のほうへと歩く。
しばらく歩くとシステムデスクに着いて猛烈に書類仕事をしている帽子をかぶった20代前半ほどの男とその横についている冷たい印象が強いスーツ姿の女が見えてきた。
「あ、クロスに心音。迎撃のお仕事ごくろーさん」
こちらを一瞥もせず、目の前の男はゼノフォードと篠木田に労いの言葉をかける。
あまり心がこもっていないのはその激務故だと思いたい。
「オイ、局長」
ゼノフォードが男に声をかける。
「ん?」
と、男が顔を上げずに言う。
「侵入者の件だが、忘却術式でも記憶が消せないケースの時はお前のところに連れて行けばいいんだったな?」
「確かにそうだけど、そんなことはほとんど無いよ〜。僕が局長になってからまだ一度もないんだ、し……」
と、顔を上げてゼノフォードに言う。
そこで、俺たちと目が合った。
男は若干の冷や汗を顔に張り付かせながら、
「……もしかして、この子たちが?」
「それ以外何に見えるんだ? もし違うのに見えるんだったら眼科にでも脳外科にでもいくんだな」
呆れたようにゼノフォードが男に向かって毒を吐く。
「そういう時は事前に連絡を入れておくものなんだよ……『ヨハネ』にきて何年経つんだい?」
「そんなもの数えたことがない」
このセリフに男は何故か怒りではなく苦笑をもってゼノフォードに応える。
「そっか。それじゃ訳を話さないとだね。ここだと話しづらい。場所を移そう、ついてきてくれ」
そういって椅子から立ちあがる。
「クロスと心音も来るんだよ。……それとクロス。そこの二人の拘束を解いてあげなさい。窮屈で仕方ないでしょう」
男はすぐ後ろにある扉に入っていく。
隣に控えていた女もそれについていく
「ほら、さっさと拘束解いてくれよ」
俺はゼノフォードに向かって手首を向ける。
「──ッチ」
聞こえるように舌打ちをして俺と宗一の二人に向かって杖をふるう。
すると、光の縄はさらさらと溶けていくようにその存在を消した。
「やっと満足に動けるよ」
そういって宗一は笑う。
「…………」
なんとなく自分の手首を摩る。
──どんな構造になってんだ?
そう考えずにはいられない。
あの『黒い穴』しかり、篠木田の『弓と矢』もしかり、こいつの『杖』もしかり……
俺が今まで読んできたどの文献にもこの現象を理論的に説明できる文章は記載されていなかった。
それでなのか、知らず知らずと好奇心がわき出る。
長らく忘れていた知識欲が俺を支配していた。
「なに呆けてんだ。さっさと入れよ」
イライラを感じさせるゼノフォードの声で俺は知識の海から抜け出した。
「……わーったよ。入ればいいんだろ?」
どうせここで暴れたところでこいつらに制圧されるだけだ。
おとなしく従うか……
そう思い、俺はドアノブをひねって扉を開けた。




