8.終わらないお仕事
──70階『指令室』
「41階? 道理で見つからないわけだよ」
ウサギ柄のマグカップを手にしてコーヒーを入れる男が疲れたように言う。
「『結界』の微調整中に侵入者ってのはひどいタイミングだよ。かろうじて"侵入した事はわかる"にしても肝心の場所が分かんなきゃほとんど意味ないし」
長めの前髪は右目を境に分けられて、額の近くにできているぴょこっと撥ねているあほ毛はぐるぐると巻かれており、やや浅めにキャスケット型の帽子をかぶっている。
「にしてもあんな処分確定のカメラなんかに引っかかるなんて……よっぽど間抜けなのか、それとも運がなかったのか……」
フロアの3分の2を丸々使っている為なのかやけに広い指令室のその一番奥におかれている座り心地のよさそうな椅子に腰を掛けながら、自分で入れたコーヒーを飲んでぺちゃくちゃと喋る。
「はたまた、君たちが優秀だったのか……いや〜ホント部下が優秀で助かるよ。これなら僕が仕事しなくても……」
「お言葉ですが局長」
男──ウェルキン・シュガーのセリフがそばでコンピュータを操作していた側近の部下──ペティ・ベストの淡々とした女の声に妨げられる。
「『ヨハネ』本部戦闘員統括作戦局長ともあろうお方がそのような戯言をおっしゃいますのでしょうか?」
"デキるキャリアウーマン"オーラを辺りに……というか吹雪をまといながらウェルキンに向けてあまりに冷たいセリフを吐く。
「いやだな〜ペティ。僕が出る幕もないってことだよ。優秀な部下のおかげでね」
ウェルキンの顔に冷や汗が伝う。
心なしか顔にも余裕が薄れていっている。
しかし、くつろぎながらコーヒーを飲む態度だけは変えようとしなかった。
「では、たまっていたお仕事を処理してくださいませ」
そんなウェルキンのお世辞なんて聞いてなかったかのように淡々としゃべる。
そしてコンピュータの操作をやめると、どこからともなく書類の山を持ち込んだ。
「50年分のG558421調査結果報告書のまとめの書類の提出と『番外者』の正常帰還の確認印、新しく開発された新型の機関銃10台の作戦織込み許可書の確認印、今話題となっている41階にある資材の在庫確認書と処分検討書の確認印と許可印、5日前と3日前に発見された未確認地帯における戦闘員構成メンバーと任務内容、作戦指示の検討案、50階から60階における訓練場の作戦における影響力をまとめたレポートに対して確認印、etc、etc…………全て申し上げする時間が許されないほどあなたのお仕事が溜まりまくっていますよ」
ウェルキンが使っているシステムデスクの上にどさっと置かれる。
ちなみにシステムデスクの周りにはすでに書類の山がバリケードのように辺りを囲っていた。
さらにはこの指令室の奥にある彼自身の『局長室』にもすでに書類の山ができあがってしまっている。
どう考えても3、4日程度では終わる量ではない。
この泣きたくなるような現実(理不尽)を目の当たりにしたウェルキンは──
コーヒーを置いて、
全力で逃げ出した。
「おい!! 局長が逃げたぞ!!!」
「何してんだ! 早く取り押さえろ!!!」
辺りのオペレーターは血相を変えて自分たちの仕事を放り出して逃げるウェルキンを囲み、取り押さえる。
「いやだ! 離せ!! あれが人間のする仕事なのかよ!?」
「あんたがサボるからいけないんでしょうが!!」
「ここで局長を逃がしたら俺らにもとばっちりが来るんですよ!?」」
「それにペティさんに逆らうともっとひどい目に合いますって!!」
喚くウェルキンの足にしがみつき、両腕を取り押さえ、腰にしがみつき、背締めにすることでようやく逃亡を阻止できた。
「局長」
ウェルキンにペティがカッカッと足音を鳴らせて近づく。
「これ以上手間取らせますと、総務局長の部屋で仕事をしていただきますよ」
このセリフにウェルキンは涙目になる。
『総務局長』は仕事の虫で有名であり、食事、睡眠を必要最小限……というか全然行わずに組織すべての仕事に打ち込む人間なのだ。
そんな狂っている人間のそばで仕事をすることは……すべてが終わるまで絶対に部屋から出られないことを意味する。
最悪、総務局の仕事すら手伝わされることもあるのだ。
「あとこの仕事、明後日までにすべて終えないと同じことをいたしますので」
現在の蓄積量を考えると、事実上の死刑宣告である。
泣きそうなウェルキンを見て取り押さえていたオペレーターたちは同情のためなのか拘束を解いた。
「……鬼……悪魔……妖怪」
「口を動かすことよりも今は手を動かすことのほうが賢明ではないかと思います」
うなだれているウェルキンに容赦ない淡々としたペティのセリフが突き刺さる。
「……わかったよ。やればいいんだろう? 仕事をさ」
若干やさぐれが含まれた様子でウェルキンはシステムデスクに着く。
そこで、
ちんっとエレベーターがこのフロアに着く音が辺りに響いた。
中から出てきたのは、
「…………」
いかにも不機嫌そうなクロスの姿だった。
「久しぶり、クロス」
「お疲れ様です。クロスさん」
オペレーター達から挨拶がかかるがすべてスルー。
だが、いつものことなのでオペレーター達も気に留めなかった。
クロスはそのままウェルキンのところへ歩いて向かった。
「久しぶりだね、クロス君。学校のほうはどうだった?」
ウェルキンがクロスに言う。
さっきの死刑宣告が効いているのだろうか、あまり元気がない
「興味ないな」
クロスはあっさりと本当にどうでもよさそうに言う。
「そんなこと言わないでよ。あそこの理事長にはお世話になってたんだからさ」
苦笑いしながらウェルキンが応える。
「そんなことよりだ」
クロスが話題を変える。
「侵入者はどうなった? ちょうどエレベーターに乗ってしまったから急行できなかったんだが……片付いたのか?」
「No problem」
ウェルキンがすっかりぬるくなってしまったコーヒーに口をつける。
「少なくとも"君たちと同じ力"を使っている形跡もないし……大方、ここに迷い込んでしまったんだろうさ」
「…………」
クロスが沈黙で応える。
どうやら何か考えているようだが……
それに構わずにウェルキンは
「だったら『応援者』だけで十分だろう。捕まえたら"いつも通り"の処理でいくさ」
と不敵に笑う。
「……そうか。なら仕事の話なんだが……」
直後に、クロスの言葉を遮るように机の上に置かれた電話が鳴り響く。
「……いいからとれよ」
クロスがうっとおしいと顔全体で表現しながらウェルキンに言う。
「ああ、すまないね」
本当に済まないと思っているかどうかはこの男の性格を考えると疑問ではあるのだが、彼はそう答えて電話をとる。
「なんだ?」
ウェルキンはそう電話の主に問いかける。
「……なんだと?」
電話からの報告を受けた彼の顔が徐々に変わっていく。
驚愕の表情だ。
予想だにしていなかったとでも言いたそうな、だ。
「……ああ、わかった、すぐに応援を手配する」
ウェルキンは電話を切るとクロスのほうを向いて、
「クロス君、すぐに30階まで向かってくれ」
そういうと彼はすぐにクロスから視線を外して、顔を指令室全体に向ける。
そして、
「『通信局』に申請しろ! 侵入者は『応援者』の包囲網を突破。現在30階まで進行中! 塔にいる全戦闘員は速やかにこれを排除せよ!!」
そうオペレーターたちに指示を出した。




