06
あれからどのぐらい時がたったのだろうか?
1日か1週間か? 1か月か1年か? 刹那か永劫か?
それすらも分からなくなってきた。
時の流れなんてものに振り回されたことが無かったためなのか、概念を忘れてしまったのだろうか。
……いや、原因なんて判りきっている。自分を騙す癖はまだ治っていなかったのか。
瞼を開いてみる。
そこには曇天模様の感じの悪い空が広がっていた。
パチャっと、目に何か冷たいものが当たった。
ああ、雨なんて降っていたのか。
気が付くと体もすでに雨でびしょ濡れになっていた。
上半身を起こし、ふとあの頃を思い出す。
君と共に過ごした忘れることのできないかけがえのない思い出を。
私にとって世界とは何もかもを飲み込む闇でしかなかった。
薄汚れていて、欲望と醜悪に染まった腐りきったものでしかなかった。
けれど、君がそばにいるとそのすべてが輝いて見えていた。
君に褒められるだけで今まで意味を見出すことのできなかった使命を誇りに思うことができた。
君と話すだけで傷だらけの心が癒えていくのを感じていた。
君と触れ合うだけで生を実感することができた。
君と共にいるためならばなんだってしようと思えた。
愛することができたのだ。
富も力も地位も名誉もいらない。
ただ君だけが欲しかった。
君だけがいてくれれば何もいらなかった。
だが、運命はそれを許さなかった。
君が消えてしまった途端、世界は前にも増して闇が深くなったように思えた。
雨は私の心を表しているかのように止むことなくとめどなく降り注いでいた。
思考を巡らせる。
どうすれば『彼女』に会うことができるのだろうか?
ただその一点のみを実現させるにはどうすればいい?
自然と俯き考える。
そこに水たまりに映った自分の顔を見つける。ずいぶんと憔悴している顔だ。
頬は痩せこけてしまい、瞳に輝きが失われており、まるで死人のそれのような有様だ。
今まで自分がどれほど『彼女』に支えられてきたのか、どれほど『彼女』を深く愛していたのかがわかる顔だった。
しばらくの間、それを見つめているとある考えが浮かんできた。
だが、これは自分が気が遠いと思えてしまうほど途方もない時間と理を揺るがしかねないほどの力の行使、夥しいほどの犠牲が必要になってしまう禁忌そのものだった。
それこそ今しがた自分が起こした事なぞ比べるに値しないほどの。
たった今起こったこと、そしてこの計画を実行することを、『彼女』は絶対に非難するだろう。
褒められることも、言葉を交わすことも、触れ合うことも、笑顔を浮かばせることも、共にいることも、愛することも叶わぬ願いとなって露と消えるだろう。
だが、
それがなんだというのだ?
そう、これは単なるわがままだ。
否定の余地すらないひどい暴論だ。
しかし、そんな暴論も『彼女がいない』という絶対の暴論には敵わない。
──『彼女』を見捨てた世界なんて救う意味がない。
──否、『彼女』を見捨てた世界なんて何の価値もない。
──ならば、こんな世界など……
やがて、私は身体を起こし立ち上がる。
決めたのだったら、早速行動しなければならない。
時間は待ってはくれないのだから。
さあ、最後の仕事だ。
──救世主を救いにいこうじゃないか。