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とらいあんぐる おあ へきさごん  作者: 高槻
そうぞうしい ふゆ
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40.おしえてもらおう

 琴美の笑顔の一言がこわかったので引きつった笑みを返して、毛糸を無心で探すことにした。


「あ、毛糸あった」

「わあ、いろいろある」

「色だけじゃなくて糸の太さとか肌触りとかも重要ね。どれにする?」

「うーん……」


 頭の中で喜成をイメージする。喜成って落ち着いてるし、しっかりしてるし、優しいところもあって。


「ネイビー……、いや、モスグリーンかな?」

「ふーん、あんたの中で喜成くんってそういうイメージなのね」

「ちょっ、やめてー!」


 ニヤニヤと笑われて、頭の中を覗かれてしまったと今更気づく。なにこれ、恥ずかしい!


「何かお探しですか?」

「あっ、は、はいぃ」


 五月蝿かったからか店員のお姉さんが出てきてしまった。私たちより少しだけ上のような、可愛らしい人だった。


「あ、この子マフラーを編もうとしてるんですけど、アドバイスとかもらえますか?」

「わあ、手編みのマフラーですかあ、良いですねえ。うーん、でも私編み物は専門じゃなくて……、おにいちゃーん、ちょっと来てー!」


 突然店の奥に声をかけたかと思うと、店の奥からとたとた足音を立てて若い男の人が出てきた。彼がこの店員さんのお兄さんなのだろう。


「どうしたー? ってお客さまじゃないか。いらっしゃいませ」


 隣で島根さんのテンションが上がったのが肌で分かった。そうだね、知的なイケメンだね。島根さんって結構ミーハーだよね。


「こちらのお客さま、マフラー編みたいんだって」

「マフラーですか。編み物は今までも?」


 ふんわりと優しい口調で聞かれるものだから、少し肩の力が抜けた。やっぱり初めて入るところで少し緊張していたらしい。


「いえ、まるきり初心者です」

「どの毛糸を使うかはお決まりですか?」

「えと……、これが良いかなあと思うんですけど」


 結局、モスグリーンの毛糸を選んだ。なんだか温かみがあるし、手触りもほわほわだ。


「これだと五玉くらいあると良いと思いますよ。棒編みとかぎ針編み、どちらで考えていました?」

「なんとなく棒のほうかなって」


 編み物のイメージって、二本の棒が浮かんでくるよね。ここでも、毛糸が収まっている棚の向かいの壁には、編み棒がずらっと掛けられている。竹串みたいに細いものから、直径が一円玉くらいありそうな太いものまで様々だ。


「棒編みだと……、この太さだと編みやすいかな」

「じゃあそれでお願いします」


 全くの初心者なので、選んでもらった商品をそのまま買うことにする。


「どうします? 編み方も少し教えましょうか」

「良いんですか!?」


 なんて優しい人なんだ! ネットで検索してどうにかなるとも思えなかったから、とてもありがたい。


「樹、良かったじゃない」

「ねー、私たちじゃ手伝えないから良かったよ」


 うん、突っ込みはしないけど、とにかく助かった。


「じゃあ、早速これ使わせてもらいますね」


 包装ビニールから取り出された編み棒に、お兄さんは器用に毛糸を巻き付けていく。


「糸の持ち方はこうで、この輪っかを編み棒でくるんと」

「ふ、複雑……」

「いや、結構簡単ですよ。一回解くので、やってみましょう」


 教えてもらった通りに毛糸で目を作っていく。丁寧に教えてくれるからか、すんなりとできた。


「これがマフラーの幅になります。あと、長さはお好みで、編めば編むだけ長くなるので丁度いいところまで編んでみてください」

「わかりました」

「編み方は、おすすめはガーター編みか1目ゴム編みなんだけど……、あ、これが見本」


 棚の上に展示してあったストールと子供用ポンチョを渡される。編み目がしっかりとしていて、既製品みたいな仕上がりだ。


「これが手編み……、すごい……」

「全部うちの兄の作品なんですよ!」


 三人で触らせてもらって感動していたら、なぜか女の店員さんが胸を張って自慢してきた。その内容に、三人で目を見張る。


「えー、すごーい!」


 私たちとそう変わらない若い人でも、こんなに素晴らしいものを作り上げることができるのかと、ただただ三人で尊敬の眼差しを送るしかできない。


「ひより、今はその話じゃないだろ……」

「いいじゃない、普段おにいちゃんの作品褒めてくれるの、近所のおばあちゃまばっかりだもん」

「う……」


 ちょっと耳が赤いので、照れてるようだ。


「でも、ほんとに凄いですね。うん、私は、こっちのストールの編み方が好きかなあ」

「1目ゴム編みですね。一段試しに編んでみますね」


 お兄さんの手の中で、するすると毛糸が編みこまれていく。


「表目と裏目っていうんですけど、こうやって交互に編んでいくだけなんです」


 ゆっくりと糸のかけ方から編み棒の動かし方まで見せてくれるから、とても分かりやすかった。


「あ、私でもできそう」

「うん、スタンダードなやつだから、慣れればスピードもアップするし、クリスマスまでは余裕で間に合いますよ」

「へっ!?」


 クリスマスプレゼントの話なんてしてないのにそう言われて、びっくりして声がひっくり返ってしまった。


「あれ? クリスマスプレゼントになるのかなって思ったんですけど」


 きょとんとした顔で、お兄さんはこちらを窺ってくる。純粋な顔と反対に、それを聞いて意地悪くにんまり笑う連れ二人。


「お兄さんだいせいかーい!」

「この子、このマフラー渡して告白するんですよ!」


 どうしてだろう、二人からは悪意しか感じない。


「素敵だなあ。相手の人が羨ましいくらいだ。成功するといいですね」

「……はい」


 対してお兄さんからは幸せそうな笑顔で言われるものだから、恥ずかしい。


「糸の止め方も必要であれば教えますから、編みあがりの長さになったら持ってきてください」

「ありがとうございます……!」


 いかん、優しさが溢れ出してて涙出そう。


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