4.はつすかーとはきねんになりません
初め喜成視点。途中から樹視点。
「え、えへへ、いらっしゃーい…。」
そう引きつった笑いで出迎えてくれた樹を見て、俺は茫然とした。
□ □ □
樹からメールが来たのは、受かったというメールが来てから一週間も経つ頃だった。
琴美に振られて傷心の上に風邪を引いたと聞いて心配していたのだが、連絡が来た事にほっとする。
メールは琴美と俺に一斉送信。琴美も呼ぶとは、もう立ち直ったのだろうか。樹はほんわかしていて、気が強い方では無い。立ち直ったとは思えなくて、この呼び出しにちょっと不安を感じた。
琴美と誘い合わせて樹の家に行くと、出迎えてくれたのは樹だった。
それも、女の。
身長が縮んで、髪が伸びて、―――胸がある。
顔は樹なんだ。でも前から童顔で女顔だったから全然違和感が無い。
むしろ、可愛い。
樹には双子の妹でもいたっけ、なんて意識を飛ばしかけたが、樹の話から本人だとわかる。
こう言っちゃなんだが、凄く、嬉しい。
俺は樹が好きだ。
男が好きなんじゃない。樹が好きだ。
だから琴美の事が好きだと打ち明けられた時はショックだったし、幸せになるならと応援した。
男同士じゃ、不毛だと思ったからだ。この関係が崩れさるくらいなら、この気持ちは墓まで持っていこうと思っていた。
けれど、樹が女になった。
天は俺に味方した。
■ ■ ■
「いっちゃん、中学の制服って男物しかないよね?」
ぬるくなったお茶を啜り、せんべいを齧っていると、琴美がそう言えば、と口を開いた。
「うん、そうだけど?」
琴美の問いかけの意図が掴めず、首を傾げる。
「事前説明会どうするの? 行く時は中学の制服だよ?」
「あ…。」
結局俺は、琴美から夏用のスカートと予備のリボンを借りた。まず試しに着てみることになり、急遽琴美が家に引き返して持って来てくれたのだ。
夏用スカートは生地が薄いだけで見た目は冬用と変わらないので、一日くらいならこれで良いだろう。
ブレザーとワイシャツは自分の物だ。うちの中学が詰襟じゃなくて良かった…。
今は不在の兄ちゃんの部屋で着替えを済ませた俺は、恐る恐る俺の部屋で待っている二人の前へと出て行った。何せスカートだ。未知の領域なんだよ!
「わ、笑わないでよ? …待って、やっぱり笑い飛ばして欲しい。」
「良いから早く全体図ぅ!」
ドアから顔だけを覗かせていた俺に、琴美がブーイングをかます。深呼吸をして、部屋へと足を踏み入れた。
「いっちゃんの、スカート…。夢にまで見た…。」
「ええええ、ちょっと何言っちゃってんの琴美さん!」
恥ずかしくて俯いていたのに、琴美のその言葉で顔を上げる。琴美は目をキラッキラさせており、喜成はぽかんとしていた。
「可愛いよいっちゃん! 前から絶対にスカート履かせたら似合うと思ってたんだよね~。」
前からっていうのは、男の時分からってことですよね? 惚れてた身としては大変複雑でございます。
「ほら、よしくんもなんか言いなよ! いっちゃんが不安になるでしょ?」
「あ、ああ…。こう言われても喜べないかもしれないが…、違和感ない。可愛いよ。」
「うん…、素直に喜べないよ…。まあ、『ちょっとあの人変~、近寄らないでおきましょ。』なんて陰口叩かれない程度には普通だよね?」
「普通以上だよ!」
よし、普通だろう。以上、ってことは普通も含まれるし。身内の欲目は其処までだ!
■ ■ ■
事前説明会の日、琴美のリクエストで黒のタイツを履いた俺は、家の前まで迎えに来てくれた喜成の家のミニバンに母さんとともに乗り込む。うちが最後のようで、後部座席には琴美と琴美母も乗っていた。
「こんにちは。おばさん、今日はお願いします。」
「はいよー。本当に女の子だねぇ。いいなーかわいいなー。うちのも女の子に変わらないかしら。」
運転席の喜成母が、俺を見てそんなことを言う。俺は苦笑いだ。受け入れてくれるのは嬉しいのだけども。
「いっちゃんタイツちゃんと履いてきたね! 可愛いな~。」
「タイツって結構寒いんだね…。履くのもコツいるし…。」
腰の部分からくるくるっとつま先の方までまとめて履くのだ。初めてだから手古摺った。左足なんて、途中でねじれてしまって、履きなおす羽目になった。こう、具合が悪いのだ。
「寒いかな? 慣れれば平気だよ~。それよりストッキングの方が大変だよ? 伝線しないように気を付けなきゃなんないし。」
「伝線って、あれだよね、穴開く奴。」
「そー。ちょっとひっかけただけで駄目だからね。あんまり履きたくない。」
琴美の言葉にうへぇ、となる。そんなのすぐに駄目にする自信がある。
「琴美ちゃーん、樹に女の子指導してあげてね~。」
「まかせといてくださーい!」
母親同士で話していたうちの母が急に割り込んできてびっくりした。でも本当に、琴美には助けてもらうことが多くなりそうだ。
そういえば、まだ喜成と話してないな。喜成は助手席に座っていて、俺はその丁度後ろ。手を伸ばして喜成の首をつつく。
「うおっ!?」
「おはよ、喜成。寝てた?」
「いや…。」
「どーせ女ばっかりで萎縮してたんでしょ~」
運転席から茶化してきたおばさんに、喜成はうるさいな、と返していた。
そっか。今は喜成だけが男なんだ。
そういえば、昔からこのメンツの時は、よく俺と喜成だけで話してたなあと思い出す。琴美はおばさん達と普通に盛り上がれるし。
…なんだかちょっと寂しいな。喜成との繋がりが薄れたみたいな気がして。
■ ■ ■
説明会も教科書購入も無事済ませた俺達は、その足で制服の採寸に行くことにした。
中心街にそびえ立つデパートの三階、特設会場。そこには各学校の制服がマネキンに着せられて展示されており、模造の桜があちこちにあっていかにも「春」だ。
「女の子は左手に、男の子は右手に進んでください。」
にこやかな笑顔で販売員のおばさんに促され、足を踏み入れようとした。
「ちょっといっちゃん! 女の子は左!!」
「え? あ、ああ! そっか!!」
ぐい、と琴美に袖を引っ張られて気付く。危ねー、素で喜成に着いて行くところだった。
「もー、気をつけてよー。」
「ごめん、助かった。」
小声で琴美に礼を言う。これは気を付けないと、学校で男子トイレに入ってしまうかもしれない…。それはまずい。俺は高校で痴女なんて汚名を着たくはないぞ!
「はい、じゃあバストから測っていきますね。腕を軽くあげてください。」
一人思考に耽っていたら採寸が始まっていた。あわてて販売員の指示に従う。
…ちょっと恥ずかしかったです。