38.さくせんをたてよう
「いーっちゃん」
「一緒にお昼、食べましょっか?」
「は、はい……」
そろそろ十二月に入るという日の昼休み。私は琴美と島根さんに引きずられるようにして、弁当片手に肌寒い中庭へと連れられていったのだった。
「で? なんでまだ二人の仲が進展してないわけ?!」
「うぅ……」
紅葉した葉も全て落ち、乾いた枝となった桜の木をバックに、二人は腕組みをして私に詰め寄る。心地いい季節は人が多い中庭も今は私たち以外に誰もおらず、その静けさが余計に二人の迫力を増加させていた。
「あそこまで追い詰めたら、そろそろ良い雰囲気になるかなと思って様子見てたのに、一向に変化ないじゃない!」
「あの展開になったら、覚悟決めて告白するものだと思っていたんだけどなー?」
勢い込んで拳を振りかざす島根さんの隣で、琴美が麗しく小首を傾げた。それに対し、島根さんは全くだとばかりに首肯する。
「せっかくアタシがチャンス作ったっていうのに!」
「チャンスって……」
「停滞してる関係に、新たな風が入ったでしょ? 全女子の嫉妬を一身に受けるという今後の日常生活を投げうったアタシの努力をわかってるの!?」
「うぅぅ……」
ものすごい剣幕の島根さんに、肩をすくめるしかできない。確かにあそこまで大事になっては、島根さんは女子の中で気まずい思いをしたに違いない。女子の中で生活している今なら、なんとなくわかる。しかもそれが、自分のためではなく私の恋の応援のためだったというのだ。
「ごめんなさいいい! だってそんな思惑があったとは知らなかったから……!」
「当たり前でしょ! アンタに知らせたら焦らせる目的がパァじゃない!」
うう、だったらなぜこんなにも怒られなきゃいけないのだ……。
「でも、いっちゃんどうして告白しなかったの?」
「……二人のデートの目的が私の誕生日プレゼントだったって聞いて……、あっ、島根さん、その節はありがとうございました」
「どういたしまして……ってそんなのはまずどうでもいいの! で!?」
「えっと、喜成が島根さんと付き合ってないっていうのと、琴美が好きな人じゃないっていうの聞いたら安心しちゃって……」
「「なんでそこで満足するかな~~~」」
琴美は額に手をあて空を仰ぎ、島根さんは肩を落として大きなため息をついた。そんなにがっかりさせることだったろうか。
「それに、兄ちゃんから電話もかかってきちゃったし……?」
「健先輩……。ほんとタイミングが良いのか悪いのか……」
いっちゃんセンサーでもついてるのかしら、という琴美のつぶやきに、少しだけ怖くなったのはどうしてだろう。ちょっとありそうだからだろうか。
「夏川さん、ダメだわこれ。本人たちに任せてたら永遠に春は来ない。断言する」
「そうね。私もそう思う」
「そんなに呆れた目を向けないで……」
自分が虫けらみたいな気分になってきます。
「どう手を打ったら良いのかなあ。樹、色仕掛けでもしてみる?」
「いっ!?」
「それはダメ。私が許しません」
女子の口からそんな言葉が出るとは思わず、ぎょっとする。そんな私に、琴美が力強く首を横に振ってきた。
「え~、なんで? それくらいしないと変化なさそうだよ?」
「いっちゃんはそういうアダルトなことは成人するまでダメ。ダメったらダメ」
「お母さん、お母さんがここにいる! まあでも、それは樹のキャラっぽくないしね。うまくできなさそう」
色仕掛け作戦は、私が何か言う前にボツになったようだ。いやいや、これでも私、元男ですから! きっと二人より男子の喜びそうなシチュエーションとかわかってますよ!
……どう考えても、恥ずかしすぎて絶対実行できない。確かに私のキャラじゃない。
「じゃあ、ド定番だけどアレしかないんじゃない?」
「アレか。うん、ロマンチックで良いんじゃないかな~?」
二人は納得して頷きあっているが、一向に話が見えてこない。
「あれって?」
なんだか盛り上がり始めた二人に怖くなり尋ねると、二人はそろってニィ、と笑って答えた。
「そりゃあ」
「もちろん!」
「「クリスマスデートで告白大作戦!!」」
背筋が寒くなったのは、二人が怖かったせいか、気温が低いせいか、はたまたタイトルがダサいせいか。何が原因なのかは私には判断できなかった。
さて、「クリスマスデートで告白大作戦」とは。
もう名前そのまんまの作戦らしい。イヴに喜成と二人で出かけて、プレゼント渡して最後に告白しろと。
「えええ、毎年イヴは琴美と喜成と私の三人で遊ぼうって決めてるじゃんか」
「今年はバスケ部で集まるってことにする! 三人で遊ぶのは二十五日でもいいよ!」
「ってことにする、って」
「しかも結局遊ぶは遊ぶんだ……。アンタたちの関係ってよくわかんないわ」
「仲の良い幼馴染です」
「まあ、そこに一石投じようとしてるんだけどね」
サックリと琴美に切られて、うっと詰まる。琴美に告白したときも思ったけど、この関係性が変わってしまうと考えるとやっぱり胃が痛む。
「いっちゃん! 生物はすべて生きてる限り変化するものなんだよ!」
……私の心の中を読まないでください。