35.でも
コメントとレビュー、ありがとうございました。
長い間放置していたのに、見てくださっている方々に感謝申し上げます。
「ちょっと聞いたぁ? リカが喜成くんとデートしたって!」
賑やかな朝の時間。教室の話題はそれ一色だった。
「うっそ、マジ?」
「え~、ショックなんだけど!」
「今まで誰の誘いにも乗らなかったのに~!」
いつも騒がしい女子のおしゃべりだが、今日の彼女たちの声はいつもよりワントーン高い。ショックと言いながら好奇心は抑えられないらしく、誰がどこで二人を見ただの、二人でお昼を食べてただの、私の耳の中にも情報が勝手に入ってくる。
「さすがよしくん、話題になる男だね」
「……そうだね」
自分の席に座っていた私のもとへ、琴美が感心したような瞳で近づいてきた。そんな琴美の気持ちもわかる。共有したいのだ、気持ちを。だって喜成からはデートするという話しか聞いていない。いつ行ってきたともどうだったとも、ほんの一言もない。
それもわかる。デートの話なんて、なにかあってもなくても、女子にはしない。だから喜成が私たちに話さないのもわかる。でも、今まで三人で幼馴染をやってきて、三人が三人とも時間を共有してきたのだ。突然それが崩れて、三人のことは自分たちが一番知っていると思ったのに、知らない情報が本人じゃなく周りから聞こえてくる。それは、余りにも心を不安定にさせた。
でも、その不安定な気持ちを琴美と共有させるには、私の心は大人になりきれていなかった。
だって、私は喜成が、喜成のことが。
「ごめん、私ちょっとトイレ行ってくる」
「いっちゃん?」
琴美を置き去りにして、私は教室を飛び出した。喜成の教室とは反対方向へ進み、教室へ入ろうと歩いてくる人並を逆流し、階段を下りて。
「待って、いっちゃん」
そして琴美に肩を掴まれた。
「は……、琴美、足速いね」
「これでもバスケ部のレギュラー張ってんの。舐めてもらっちゃ困るわ」
はは、と切れた息を整えながら笑ったはずだった。けれど、口角は上がりきらず、喉は詰まって。
涙が零れた。
「琴美、ことみぃ……」
「いっちゃん……」
琴美は私を抱き寄せると、頭をぽんぽんと撫でてくれた。そしてそのまま、私の肩を押して隣の特別教室へと入ったのだった。
大好きな琴美の手。私はこれに焦がれていたはずなのに。
「琴美、ごめん、ごめん……。わたし……喜成のこと、好きになっちゃった……」
あんなに琴美を好きだったのに。あんなにドキドキしていたのに。
涙が零れるまま預けた琴美の肩は、確かに女の子特有の丸みがある。胸だって私よりあって、誰よりも美人で、優しくて。なのに、もう琴美にドキドキしない。女の体になったときに、既に消えていた。私の「好き」とはそんなに軽いものだったのかという恐怖が、喜成を好きになった今私の中で大きく膨らむ。そしてそれと比例するように、喜成とそういった関係になれないことへの悲しみも。
「泣かないで、いっちゃん。いいの、謝らなくていいんだよ」
琴美は宥めるように優しい声で、ゆっくりと私の背中を撫でながら話しだしてくれた。
「いっちゃんを振ったのは私だもん。私はいっちゃんと親友のままいることを望んだんだもん。それとも、喜成を好きになったいっちゃんは、もう私とは親友でいてくれないの?」
「……っ、そんなことない」
「でしょ? じゃあ、私に謝ることなんてないよ。いっちゃんは新しい恋を始めた。ただそれだけ」
その言葉に、みっともなく泣くしかできない。
「あり、がと……」
「ううん。私はいっちゃんの味方だよ」
「で、も、男同士、だよ? 気持ち悪く、ない?」
やっぱり心の片隅で引っかかっていたことを恐る恐る尋ねると、琴美はなんだそんなこと、と笑った。
「ないない。性別を超えた恋愛なんて、この世の中たくさんあるって。第一、いっちゃんは今女なんだし、気にすることなんてこれっぽっちもないから!」
「でも……、喜成はそう思ってない……。きっと、喜成は琴美のこと好きだし……」
文化祭のあとの喜成の一言が、脳内で点滅する。
「へ!? よしくんが? 私を? 好き?? なんで!?」
「きっとそうだよ。喜成が気に掛ける女子なんて、今まで琴美しかいなかったもん」
「ないないない! 神様に賭けてもいい。それは絶対にない!」
「そこまで……? 琴美も実は喜成が好きなんじゃないの……?」
「ありえない!」
琴美がここまで言うのだから、これは本当なのかもしれない。どうしてそう思うのかは、よくわからないのだけれど。
「けどさ、女の子の方が良いのは事実だよ……。島根さんとデートしたんだもん……」
さっき聞こえてきたデートの情報が、頭の中をぐるぐる回る。やっぱり、本物の女の子の方が良いに決まってる。
「よしくんのバカアアア! いっちゃん! あんなモテ男が一回デートしたくらいで何よ! どうせあのヘタレのことだから相手の勢いに負けただけだって!」
「ヘタレって……、喜成が?」
「そうだよ! 喜成がヘタレじゃなくて何がヘタレって言うくらいドヘタレだよ!」
今までそんな風に思ったことがなかったから、琴美のその評価にぽかんとするしかない。
「よしくんが何を思ってデートしたのかは後でちゃんと確認しよ!」
「えええ」
「いっちゃん、私に告白してきたときの度胸はどうしたの!? 今は落ち込んでるから小さくなってるだけ。絶対にいっちゃんの中には度胸があるんだからね。それは忘れないで」
真摯な瞳に、背中が押される。
「……うん、ありがとう」
「どういたしまして」
そういって笑った琴美の顔は、やっぱり世界で一番美しいと、思った。
シリアスつらい。ギャグにはやく戻ろう、樹。