34.かなわない
朝晩が冷えるようになり、意気揚々と茂っていた青葉に赤や黄が混じるようになった。
喜成を好きになって、それが報われないと分かったけれども、気持ちは消えることなく、それどころか日々大きくなる気すらする。琴美を想う気持ちは女になった途端に友愛へと変化を遂げたというのに、薄情なのか都合がいいのか、この感情がよく分からない。
喜成のことを考えると胸が苦しくなるし、視界に入ればなんだか嬉しくなる。喜成が近くにいると嬉しいのは昔から変わらないはずなのに、なんだか恋をしたと自覚した途端に甘さと苦さが含まれた気がして落ち着かない。
「はぁ……」
サッカーボールを洗いながら、自分があまりに女々しくて溜息が零れた。叶わないのだからスパッと諦めれば良いのに、うじうじ悩んで、全く昔から一向に進化が見えない。
「ちょっと……、なに辛気臭いオーラ振りまいてんのよ」
更にボールを持ってきた島根さんは、明らかに引いていますといった顔で私に声をかけてきた。
「ごめん……」
「いや、別に謝んなくていいけど。……ふぅん」
「?」
島根さんは、興味深そうに私の顔を覗き込むと、隣の蛇口でボールを洗い始めた。水飛沫がまだ心地いい。
「アンタ、喜成くんのことで悩んでるでしょ」
「へっ!?」
突然の問いかけにびっくりする。
「そんだけ可愛い顔で、しかも幼馴染なんて立場まで持ってるのに告白しないで悩んでるとか、ばかなの?」
スッパリとした切れ具合の言葉が、サクサクと心に突き刺さる。
「なんで、私が喜成のこと好きって……?」
「見てりゃわかるわ」
「うっそ」
じゃあ喜成にもばれているのかと一瞬背筋が冷えたが、私に対する喜成の対応がずっと変わらないから、ばれていないと信じたい。もっと注意深くしなきゃ。
「ていうか、私、別にかわいくは------」
「ミスコン」
「うっ……」
何も言葉が出ない。
しばらく水の流れる音だけがその場を支配した。
「ま、幼馴染だから言い出せないってのもあるかもしれないけどさあ」
キュッと、水を止めて島根さんが私を見る。
「じゃあ、今のうちにアタシは喜成くんをデートに誘うね」
「えっ」
「恋愛ってのは競争だよ? 敵が少ない今がチャンスってね」
ニッと笑った島根さんは、洗い終わったボールを抱えて器具庫へと行ってしまった。
手を打つ水が、とても冷たかった。
「あーあ、敵に塩を送るなんて、アタシらしくないわ。マジで」
ボールを仕舞いながら、ぼそりと呟いた彼女の言葉は、誰にも聞かれることはなかった。
翌日の朝練の最中、近寄ってきた島根さんがこっそりと私に耳打ちをした。
「デート、OKもらっちゃった」
まるで語尾にハートが飛びそうな勢いの言葉に、固まるしかない。昨日の今日でもう? とびっくりするが、ケータイのアドレスは交換しているはずだし、島根さんが前々から計画していたのならそう驚くことでもないかもしれない。それにしたって、彼女は行動的だ。
楽しみ~、と浮かれる彼女の横で、私はただストップウォッチを握りしめた。
「島根さんと、デートするんだって?」
帰り道、何気ない風を精一杯装って、私は喜成に尋ねた。隣で琴美が目を丸くするのがわかった。
「えええ? よしくんが? 女の子と?」
「いや、男とはデートしねえよ」
その返しは、暗に島根さんとのデートを肯定していた。
本当なんだ。本当に島根さんとデートしちゃうんだ。
琴美が好きなんじゃないの?
それとも、私が心変わりしたように、島根さんを好きになったの?
誰でも良いと思ったの?
なら、なんで私じゃ------
そこまで考えて、心の中で首を振った。
「まあ、楽しんできなよ」
なんとか、綺麗な笑顔を作れたと思う。
握りしめた拳が痛かったけど。




