32.どなどな
あの後、私は琴美と合流して模擬店の店番に向かった。
お客さんは、ほとんどが在校生。たまに親子連れで来たちっちゃい子。残暑厳しい中、我妻くんが持ってきたビニールプールに浮かべられた水ヨーヨーを、みんな楽しそうに釣っていく。それに笑顔で応対しながら、さっきのことを思い出す。
喜成に抱きつくなんて何度もあったことなのに、なんで今日はドキドキしたんだろう。こんなこと今まで一回も……。
そこまで考えて思い出した。思い出してしまった。
花火大会のときのことを。
「っ!」
一気に心臓がトカトカと早鐘を打つ。
ああ、その後のゴタゴタで折角忘れていたというのに、どうして思い出しちゃったの。
「いっちゃん、どうしたの? 暑い?」
頭を抱えていたら、琴美が心配そうに覗き込んできた。
「ん、ちょっと……」
「顔赤いよ~、上せちゃった? お茶冷やしといたから飲んで!」
うまい言葉も見つからなくて適当にごまかし、手渡されたペットボトルのお茶をありがたく受け取った。
しかし琴美さん。売り物の水ヨーヨーと一緒に、自分の飲み物をプールに入れておくのはどうかと思いますよ……?
次の店番と交代して、お昼は隣のクラスがやっていた焼きそばを買って食べた。塩焼きそばって、たまに食べるとおいしい。
午後は喜成が店番ということで、顔を合わせなくて済んだ。それが有難かったことは言うまでもない。途中恵美子さんが彼氏と校内を巡っているのを発見して紹介してもらったり、島根さんと輪投げ対決をやったりと、悩む暇がないくらい楽しんだ。
「あっ、いっちゃん、そろそろ体育館に移動しないと」
「ええ、もうそんな時間?」
「ほら、私たちは二十分前に集合って言われてたでしょ!」
手芸部の展示作品を眺めていたら、腕時計で時間を確認した琴美に腕を引かれた。そう、次に体育館で行われるのは、文化祭の大トリ、ミスコンだ。半日つけたタスキはもはや体に馴染んでしまっているが、そのステージに立つのは目前となった今でも憂鬱でしかない。
「一位は琴美だよぉ。だから私は行かなくていいよぉ」
「なぁに? いっちゃんてば、私だけ生贄にしようっていうの?」
「うぅ……」
そう言われるときつい。私は琴美に引きずられるまま、体育館へと連れて行かれたのだった。
「待たせたな野郎どもおおおお!! これより、西高ミスコンの結果発表だあああああ!!!」
「うおおおおお!!」
午後三時。私を含む五人の予選通過者は、ステージ上に整列していた。その前でテンションが高いのは、ミスコンの司会者だ。仮面舞踏会を彷彿とさせる顔の上半分が隠れる仮面を被り、首にはスパンコールで輝く蝶ネクタイ、頭にはシルクハットだ。明日、この人と廊下ですれ違ったとしても、気づくことはないに違いない。
照明とこもった熱気でとても暑い。汗をぬぐいたいけれど、ここまで人の目がこちらに向かっていてはそれも憚られた。まさかこんなに人が集まるなんて。
体育館には外来も含めて、全校集会、いやそれ以上の人が集まっていた。ちらりと聞こえた話によると、ほとんどのクラスがもう店じまいにしてしまったらしい。
これを見に来るよりも、もっと稼ぐことを考えた方が有意義なのに……。
とにかく早く終わってしまえ、私の番よ終われと祈りながら司会者を見つめる。しかし五位、四位と名前を呼ばれても、一向に私の名前は出てこない。
なんでだ。そうだ三位に違いない。予選の数字を見る限りそれが妥当なところ―――
「三位、頼れる書道部部長! 設楽美紀ちゃあああああん!!」
うおおおおお! とステージ下から雄叫びが上がる。隣に立っていた先輩が、一歩前へ出て笑顔でお辞儀をしていた。
ちょっとおおお! なんでこんな可愛い人が三位なの!? なんで私が呼ばれないの!? 異議! 異議を申し立てる!!
一人、私に票を入れた審美眼のない人たちに(心の中で)憤っていると、仮面がこちらを振り向いてニヤっと笑った。やめてください、怖いです。
「それでは! 一位と二位は同時に発表しましょう!」
司会者が右手を上げると、スネアロールがダラララと鳴り響いた。ちょっと、さっきまでこんな演出なかったじゃないですか。
否が応にも高まる期待(私を除く)。それを区切るのもまた、司会者の右手だった。それが上がり、シンバルがジャーンッと派手な音を上げる。
「第二位、可憐な笑顔の遠峯樹ちゃん! 第一位、西高きっての美女ぉぉぉ! 夏川琴美ちゃあああああああん!!」
「「うおおおおおおおおおおお!!」」
耳をつんざくような大声に肩がびくりと跳ねた。うはあ、琴美ファンがいっぱいできたんだな~。
琴美と並んで、前の人たちに習ってお辞儀をする。間髪入れずに司会者が寄ってきた。
「おめでとうございます、樹ちゃん! 惜しくも二位ですが、今のお気持ちは!?」
「琴美が一位なのは当然です」
私が二位なのはおかしいです、という言葉は飲み込んだ。
「おっと、樹ちゃんも琴美ちゃん押し! だそうですが琴美ちゃん、今のお気持ちを!」
「投票してくださった皆様、ありがとうございました。ちなみに私はいっちゃん押しです」
笑顔の琴美に、何人か心臓を抑えてうずくまるのが見えた。わかる、わかるよ。琴美の笑顔は威力がある。お願いされたらNOとは言えない、天使の微笑みだ。下手したら天国行き。
「おおっと、これは美しき友愛が見えましたね~! 何はともあれおめでとうございます、琴美ちゃん」
「ありがとうございます」
「いやあ、ほんとに美人ですねえ。彼氏はもちろんいるんですよね?」
「いえ、いません」
「ええ、ほんとに!? じゃあ、俺にも希望が!?」
「私、バスケに専念してるので、そういったことはしばらく考えられないんですー」
ポンポンと質問を投げかける司会者を、琴美がスッパリと斬り捨てる。司会者はうなだれるも、すぐに顔をあげた。
「いや、でもね! 希望は捨てられませんからね! 皆さんも気落ちせずにいきましょう! では樹ちゃんは!? 彼氏はいますか!?」
「ええっ、い、いませんよ」
まさか自分に再びマイクが向くとは思わず、油断していたため吃驚した。焦って答えたら、司会者はなぜか詰め寄ってきた。
「皆さん朗報です! ここにも彼氏のいない美少女が! えー、でもでも、好きな人はいるんでしょ?」
「好きな人って……」
琴美に振られてからは、女になったドタバタもあってそんなこと考える余裕もなかったのに、恋愛事なんて……。
『樹』
なぜか頭の中に喜成が浮かんだ。優しい顔と穏やかな声と、大きな手と、そして。
「ッ!」
顔が火照る。待て待て待て、相手は喜成だよ? 男、おとこなの。男と男なんだから、……あ、今の私は女だから、あれ?
「おやおやおや、樹ちゃん、顔が真っ赤です! 皆さん悲報です! どうやら樹ちゃんには想い人がいる模様です!!」
うわあああ、と多数の項垂れる人が体育館にいたが、混乱していた私には、それが何故だかわからなかった。
私、なんで喜成のこと考えて、こんなにぐるぐるしてんの~?