31.おばけのてとおおきなて
※ほんのちょっとホラー風味
喜成は、なぜか呆然と琴美を見送っていたので、ワイシャツを引っ張って意識を向けさせた。
「ねえ、喜成入る?」
「ん? あ、ああ。でも樹、嫌だろ?」
う、本音を言ってしまえば、こんな恐ろしいところなんて入りたくない。でも、頭の中をさっきの琴美の言葉が回る。
「本物のお化けが出るわけじゃないし、大丈夫。あ、でも力いっぱい腕握っちゃったらごめん」
「えっ、別に良いけど……」
良いけど、なんだ。
とにかくここは腹を決めるしかない。ええい、男も女も度胸あるのみ!
「よし! じゃあ、二人でお願いしまっす!」
「はい、どうぞお進みくださ~い」
コインケースから百円玉を二枚取り出して、受付に出す。
にこやかに送り出してくれたお姉さんの笑顔を忘れないうちにと、私は喜成の右腕にしがみついてお化け屋敷の中に入った。
暗い室内に入った瞬間に、入口の引き戸が閉じられる。中は目が慣れると真っ暗というほどではないことに気づいた。暗幕が一面に引かれ、目の前には狭い通路がある。通路の端に懐中電灯が一つ、点灯したまま落ちていて、下に矢印の書かれた紙が敷いてあった。暗い中、道順に沿って進んでいくのだろう。少し離れたところで悲鳴が上がった。
「ひぃ、こわい!」
「……樹、あんまりしがみつかれると、その……」
「ごめん、痛くても我慢して!」
「いや……痛くはないんだけど……」
じゃあ良いじゃない!
そのまま恐る恐る足を進めていく。
「うひゃあっ!」
顔にびたん! ってなにか当たった!
「樹、大丈夫、こんにゃくだよ」
「うう……」
こんにゃくごときにビビらされるとは……。今度美味しく頂いちゃうんだからね!
一つ目の角を曲がると、そこは少し空間ができていて、小型テレビが鎮座していた。その画面は真っ赤な砂嵐で。
『死ねぇ……死ねぇ……』
「ヒィッ!」
突然映った髪の長い女の人と呪う声に、気が遠くなりかける。
「うあ……こわいよぅ」
「樹、落ち着け、大丈夫だから」
喜成が頭を撫でてくれて、少し呼吸が整う。なるべく喜成の体にくっついて、顔を上げないようにして歩いた。
その時だ。
「ッッッ!!」
足を、掴まれた。
それは暗幕の中から出てきた手で、暗い中でも白く浮かび上がって見えた。そのヒヤリと、湿った感触に鳥肌が一斉に立つ。
「ッ……! ……ッ!」
急に止まった私を怪訝に思ったのか、喜成が立ち止まって振り返る。しかし、私はもう言葉も出ない。ただ涙が頬を伝うだけだ。
「!? どうした樹、もう少しで終わるから……」
「……ぁ、……ッ、あ、し……」
「あし?」
喜成は私の足に目を向けると、眉根を寄せて一気に冷たい顔になった。
「……おい。いい加減に離せよ」
さっきの兄ちゃんを彷彿とさせるドスの聞いた声。すると、すぐに手が離れて、私の肩から一気に力が抜けた。
「た、たすかったぁ……」
「悪い、すぐ気づかなくて」
「ぜ、全然! と、とにかくもう早く出よう……?」
恐怖で体は冷たく、がちがちに固まってしまった。唯一熱い喜成の腕が安心感をもたらしてくれるから、しがみつく身体を離せない。
その後も急に音を出すロッカーとか、鳴り止まない黒電話とか、最後の最後には出口の上から髪を振り乱して垂れ下がっているマネキンの頭とか、とにかく様々な仕掛けがあって心臓一個じゃ足りないと思った。
「ふっ、うう、こわ、こあかったぁ」
「よしよし、ほらもう外だから、大丈夫だよ」
「ううぅ……」
外が明るいことが、こんなに幸せだと思ったことはない。とにかくガツガツとHPが削られたので、それを回復すべく喜成に頭を撫でてもらっている。女に変わってから、なんか喜成の手、大きく感じるなあ。体も大きいし、落ち着く……。
「おいこら喜成」
「なに樹にべったりくっついてるんだ……?」
低い声に顔を上げると、そこには正悟先輩と兄ちゃんが。
言われて気づいた。私ってば喜成にくっついたまんまだった。
今の今まで怖くて仕方なかったのに、一瞬で恥ずかしさがこみ上げて、顔が熱くなって慌てて腕を離す。え? え? 別に今までだったらそんな恥ずかしくもなんともなかったのに、なんで?
「ご、ごめん喜成!」
「い、いや、俺は迷惑じゃないから」
「当たり前だろう、もし樹を迷惑だなんて思ってみろ」
「俺たちで潰しに行くからね」
え、思うだけでアウトですか。
「全く、琴美もいるからと思って油断した」
「受付が二人で入っていったって言うから、こっちは気がきじゃなかったっつの」
「なんで?」
喜成と二人で不安なことなんて、何もない。そう思って首を傾げるが、兄ちゃんも正悟先輩も、果ては喜成本人まで、なぜか渋い顔をしていた。
なんだよう、私にもわかるように説明してくれよ。
ふと周りを見渡したら、小国先輩は受付で伏せっていた。やっぱり、作った人でも怖いんだなぁとしみじみ思う。