25.はなびみたいなしんぞう
屋台はどこもかしこも明るく、賑やかだった。イカ焼きやお好み焼きの香ばしい匂いが一面に広がっている。それに簡単に釣られるのは、この暑さと祭りならではの高揚のせいだろう。
大量の食料を手に入れた私たちは、次なる問題に直面していた。
「さて、どこに座って見る?」
小国先輩が振り返る。屋台から少し外れたところを見回すと、辺は人、人、人。いたるところにビニールシートが敷かれ、缶ビールを片手に酔っ払っているおじさんや、興奮してはしゃいでいる子供たちがいっぱいいた。
「座るところあるかな……?」
「琴美がお願いすりゃ、誰でも場所譲ってくれるんじゃね?」
私が呆然と呟いた言葉に対して、正悟先輩がなんとも無責任な提案をした。にっこり笑った琴美が怖い。
「心配するな」
そんな中、兄ちゃんが堂々と胸を張る。
「なに、健ってば穴場でも知ってんの?」
「そんなものは知らないが、場所は取ってある」
「は? いつの間に」
私だってビックリだ。兄ちゃんたらいつの間にそんなことしてくれてたんだろう。全員に疑問の目を向けられて、兄ちゃんは首を横に振った。
「俺がしたわけじゃないけどな。……笹木」
「はぁい! 呼ばれて飛び出て笹木です!」
ビクッ!
呼ばれた瞬間に音もなく突然現れた笹木先輩に対して、その場にいた兄ちゃん以外みんなが驚愕の表情になった。心臓止まるかと思った……。
「場所は?」
「あちらにしっかりとご用意させていただいておりますとも~。ついてきてくださいね~」
ガイドさんよろしく片手を上げて移動する笹木先輩に、兄ちゃんは何も言わずについていく。
「なあ。俺、前から不思議だったんだけど……、笹木ってなんなの?」
「さあ……。 俺も高校からしか知らねえし。健のファンって変な奴ばっかだよな」
「おい、幼馴染だろ。なんとかしてやれよ」
「無理」
こそこそと話す正悟先輩と小国先輩。ああ、やっぱり三年生でも笹木先輩は不思議な人なんだな。
二人について行った先には、ビニールシートで十分なスペースが確保されていた。二人の女子がシートに座っていたが、笹木先輩の姿を見るなりすぐに立ち上がってシートからどけた。
「「おかえりなさいませ、隊長」」
「ご苦労」
わあ、笹木先輩って隊長なんですね。……何の?
「それでは皆さん、ここを使ってくださいね~」
では、我々はこれで。そう言って三人は、止める間もなく人ごみに消えてしまった。
「あ……一緒に見ていけば良いのに……。お礼も言ってないし……」
そう言ったら、なぜか琴美に抱きつかれて「もう、いっちゃんてば優しい~! 可愛い~!」と褒められた。何故だ。だが嬉しいので良しとする。その後ろで、兄ちゃんたちは渋い顔だ。
「樹、心配するな。あいつらは会場のどこかにいるし、これは好きでやってるんだ。呼べばすぐに来るしな。お礼は後からでも十分だ」
「そ、そう」
りんご飴にかじりついて暫くして、花火が始まった。オーソドックスな大輪が、夜空に花開いては消えていく。あちこちから歓声が聞こえる。金色の柳みたいな花火、咲き始めの朝顔みたいな青い花火。次第に打ち上げる数が増して、息つく暇もないようだ。
「花火きれいね!」
右隣に座った琴美が、大きな声を出した。花火の音が大きくて、それでも少しかすれて聞こえる。私はそれに頷きで返した。琴美も私も満面の笑みだ。
パチパチ弾ける花火が、夜空を照らす。それだけではなく、私たちの顔も赤青白と、仄かに照らし出されていた。
「きれいだな」
今度は左隣に座った喜成が話しかけてきた。それは琴美と違って、耳に唇を近づけて囁かれたものだから、そのくすぐったさに思わず肩を竦めた。顔を向けると、優しく微笑んだ喜成がこちらを見ていた。その瞳にドキリとしながら、「ね、見に来て良かったね」と返す。
「そうじゃなくて」
また喜成が耳に唇を近づける。
「花火もきれいだけど、樹の浴衣姿……とってもきれいだ。いつも可愛いけど、浴衣もいいな」
「なっ……!」
優しい瞳は、春のように暖かく私を見つめたままで。
熱くなった顔はきっと耳まで赤い。赤い花火が上がって、目の前の喜成の顔が赤く見えた。このあともずっと赤い花火が上がれば良い。そうすれば、顔が赤いのもばれることはない。
震えそうになる唇をぎゅっと閉じて、空に弾ける花火を見上げた。いつの間にか始まった百連発の花火の打ち上げ音と同じくらい、心臓が強く打っていた。