24.はなびたいかいへごー
まだ日中の暑さの残る夕暮れ時。
「いや~、海斗と祭りに来ることになるなんて、考えたことも無かったなー」
「全くだな」
「いやー、まさか俺も、お前たちと来ることになるとは思わなかったよ」
はっはっは、と白々しく笑う、正悟先輩と兄ちゃん、そして小国先輩。
どうしてこうなった。
■ ■ ■
「いっちゃん、今年の花火大会は浴衣着て行こうよ」
ジワジワと蝉が鳴く夏休み。暑さにだれている私に、琴美はアイスの陣中見舞いとともにそんな提案をしてきた。
「髪も伸びてきたから、和柄のヘアアクセでアップにしてさ。絶対可愛いよ」
「浴衣かー」
日本に生まれたからには、着物とか浴衣とかに憧れはあるけれど、なんというか面倒くさそう。それが顔に出ていたのだろう、琴美があわあわと言葉を付けたしてきた。
「着付けは私が出来るからさ! だめ?」
うわー、手を組んで上目づかいは反則じゃないですかー? 美人がやると破壊力半端ないね。心臓がドキッとしたよ。それが刺激になったのかはわからないが、私はそこで、うっかり忘れていた約束を思い出した。
「あ、そういえば、今年の花火大会は小国先輩と約束したんだ」
「……え?」
……?
何かな、今一瞬、般若が見えた気がしたんだけど……。き、気のせい、だよ、ね?
「へぇー、ふぅーん。いつ約束したの?」
「え、この前の、部活の打ち上げの時、だけど……」
「チッ、喜成め使えない」
「え? なあに?」
「ううんー、なんでもないよー?」
「そう?」
何か聞こえた気がしたけど、琴美が美しすぎる笑顔で首を振ったから、なんでもないのだろう。
「ねえいっちゃん、お祭り、私も一緒に行っちゃダメ、かなあ?」
「いやー、ダメってことはないんじゃない?」
琴美と祭りに行けるとなったら、どんな男でも喜ぶことはあれ、拒否することはあるまい。過去多数の男どもが祭りに誘っている事実や、人を殺せるのではないかと思うほどの嫉妬の視線に晒された経験則からそう判断した。小国先輩も、きっと喜ぶだろう。
「一応先輩に言っておくね」
「ありがとう~! ついでに健先輩と正悟先輩にも声かけよっか。どうせ一緒に行くつもりだろうし」
「えっ、でも大丈夫かなあ?」
主に精神面で。小国先輩と兄ちゃんたちは犬猿の仲のようだし、せっかくの祭りを嫌な思い出に変えてしまうかもしれない。そう言ったら、琴美は女神みたいな顔で微笑んだ。
「喧嘩するほど仲が良いって、言うじゃない?」
■ ■ ■
「思わず頷いてしまった私が、悪かったのか」
「なんの話だ?」
数日前の自分の行動を思い出してうなだれる私に、喜成が視線を向ける。
「女神の前ではひれ伏すしかなかった、愚民の話」
「?」
「わからなくって大丈夫……」
首を傾げる喜成に、私は力なく微笑んだ。
「しかし、ここで喧嘩はまずいよな」
「そうだね……、目立ってるね……」
ここは河川敷への入口の一つで、屋台のスタート地点である。よって、ここには大勢の客がいた。そんなところでイケメン集団がいるだけでも注目されるのに、喧嘩なんて尚更だ。今だって表面上は笑顔だが、周りに漏れ出している空気は今にも雷鳴が起きそうなものになっている。
「はいはい、先輩方ー。喧嘩はそれくらいにしてください。なんかまだ、聞いていない言葉があるような気がするんですがー?」
ニコニコと笑う琴美が、そんな彼らの仲裁に入った。さすが琴美! 兄ちゃんたちが一瞬で口を閉ざしたよ! ……あれ? なんか青ざめてる?
「樹! 今日は一段と可愛いぞ!」
「へっ!?」
「いっ、樹ちゃん! か、かわいいよ!」
「えっえっ」
「ほんと、そのピンクの浴衣、似合ってる。髪も上げて、色っぽいって言うかさ……」
「はいぃぃぃ!?」
なんだか急に褒められた!
海斗先輩は真っ赤だし、正悟先輩に至っては首に触ってきた。ぞわっとしたところで、正悟先輩は兄ちゃんに叩かれました。
「まあ、良しとしましょうか。全く、いっちゃんを褒めることもしないで喧嘩とは、呆れちゃいますね」
ニコニコしてるけど、なんでだろう、琴美が怖い……。あれか、今の私は琴美の力作だからかな……。着付けから髪からメイクから、全部琴美にやってもらったしな……。
一時間前の着付けやメイクのあれこれを思い出して少しげんなりするも、体を見下ろして思い直す。ピンクの浴衣は琴美に選んでもらったもので、ちょっと可愛すぎるかと思ったが、暗い中で見ると落ち着いて見えた。少し帯はきついけれど、日本の夏! って感じで気分も上昇だ。伸びた髪は、琴美がうまい具合に小さなお団子にしてくれた。
琴美は黒の浴衣で、それこそ大人っぽい。アップにした髪に、シャラリと輝く簪が美しい。さっきから老若男女関係なく、琴美はガン見されている。本人には気にした様子がないのが流石である。
ちなみに男陣は、普通に普段着である。
「じゃ、じゃあまずは腹ごなしに行こうぜ。俺、イカ焼き食いたい!」
「お、おう。俺はばくだん焼食いたい」
「はぁ? 海斗はわたあめだろ」
「なんでだよ!」
兄ちゃんたちは喧嘩と言うほどでもない言い合いをしながら、屋台へと足を踏み出した。
「じゃ、私たちも行きましょ?」
「うん!」
微笑んだ琴美に手を出されて、私は笑顔でそれを握った。りんご飴食べたいな!
お久しぶりです。GWとかほざいていた高槻です。
海斗先輩残念だったね!ふたりっきりのデートにはならなかったよ!
さてさて、これからも不定期更新になると思われますが、「とらへき」を今後もどうぞよろしくお願いいたします。




