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とらいあんぐる おあ へきさごん  作者: 高槻
さわがしい なつ
31/51

番外・その時の彼ら9

体育祭、喜成視点。

これにて体育祭は終りです。

 樹と琴美の試合を見に行ったら、健先輩と正悟先輩に捕まった。

 挙句に、放送席に拉致られた。



 一般生徒は立ち入り禁止の場所に、堂々と居座る先輩二人を見て、俺はどうしたものかと頭を抱えた。先輩たちはもう三年だから学校での生活も慣れて、これくらいのことはなんでもないのかもしれない。けれど俺はまだ入学して三カ月程度で、二人のように振舞う度胸も無い。

 しかも二人は樹の腹チラがどうの、という話題から、段々と下世話な話も始めてしまって全く持って居心地が悪い。後ろにいる二人のファンらしき放送部の女子は、なんとも思わないのだろうか。

 ……二人に見惚れて、会話なんて耳に入っていないらしい。



 樹たちのチームが敗退してゲームは終わったのだが、先輩たちはあまりにファンに追われるのが辛かったのか、ここで暫く休憩するつもりらしかった。


「じゃあ俺はもう行きますんで」


「あーん? どうせお前も出ていったら囲まれるんだろ? ここにいろ」


「傷心の樹を慰めになど行かせん」


「何言ってるんですか……」


 腕を掴まれては身動きが取れない。逃げる事に失敗した俺は、仕方なく椅子に座りなおした。別に俺は隠れる必要性なんて無いのだが。

 まあ、樹は琴美がいるから大丈夫だろう。試合に負けて落ち込んでいるということでは無い。授業の息抜きのような体育祭の試合で、そこまで落ち込むわけが無い。俺が心配しているのは、樹に近づく男たちのことだ。


「そう言えば、先輩方聞きましたか? 琴美が言ってたんですけど、やっぱり最近樹、言い寄られてるみたいです」


「「なんだと?」」


 琴美曰く、ここ数日、他クラスの男どもが体育祭を口実に樹に話しかけているとのこと。しかし樹はその下心に気付いておらず、天然ボケにより男どもは蹴散らされたらしい。


「だから気を付けろって言ったのにー!」


「いや、でも分からずとも撃退してるから良いじゃないか?」


「甘いぞ健! 俺たちは撃退して終りかもしれないけどな、樹は女だぞ? 男が力に任せた行動とったら負けるに決まってるだろ!」


「何! それはまずい! 防犯ブザーと痴漢撃退スプレーとフラッシュライトとナックルだけじゃなくて、スタンガンも持たせるべきだろうか……」


「……だけ? え、お前、樹にそんなん持たせてんの……」


 スタンガンを持たせようか悩む健先輩は、正悟先輩が少し引いたのに気付いていない。防犯グッズ一式を妹にプレゼントする兄というのは、ちょっと頂けない。適度な心配なら「優しいお兄ちゃん」だろうが、健先輩は度が過ぎていると俺も思う。

 そして健先輩は知らない。樹が防犯ブザーは仕方なく付けているが、その他の防犯グッズは全て部屋の引き出しの奥深くに仕舞ってしまったことを。

 本当は防犯ブザーも外したがっていたが、琴美が言い包めていた。

 防犯ブザーは付けておいた方が良い。とっさには、自分で対抗なんてできないものだ。大きな音というだけで相手は怯むものだし、他人が気付いてくれれば一安心である。


 時計を確認するとそろそろ俺の出る試合が始まる時間だった。


「先輩、俺次試合なんで、今度こそもう行きますね」


「えー? 仕方ねえなあ。まあ俺たちも行くか。ドッジあたり、うちのクラス試合してるんじゃねえかな」


「そうするか」


 やっと解放されて、ほっと息を吐く。二人が出て行くというので、放送部の人たちは凄く残念がっていたのは余談である。



 ■ ■ ■



「あ、よしくんだ。先輩たちから解放されたの?」


 体育館に入ると、琴美と樹を見つけた。


「次試合だから、なんとか」


「そっか、次試合かあ。喜成頑張って」


 ……そのほんわかした笑顔に、弱いんだよなあ……。

 あの放送室での疲労が消えていくようだ。その後に続いた要求は酷いものだったが。


「よしくんダンクダンク!」


「スリーポイント!」


「無茶言うな!」


 まあ、こういうふざけた言い合いも好きなんだがな。


 好きな子の前では、格好付けたいと思うのは当然だろう?

 だから相手が三年でも怖気づかずにやったのだが。


「あれは噂の琴美ちゃんじゃないか!」

「その隣にいるのは健の妹だろ!?」

「うわ、どっちもかわいー!」


 どうやら相手方も、可愛い子の前では頑張るらしい。いくらボールを奪っても、相手の方が一枚上手だ。


「喜成ー! いけー!」


「よしくんボール追えー!」


 二人の応援に励まされる。

 ……が、どうやら俺は二人の声援で目の敵にされてしまったようだ。ガードが半端ない。散々動きまわって、結局負けてしまった。

 唯一の救いは、スリーポイントは入れられたことだろうか。



「お疲れ。汗だくだね!」


 二人のもとによると、負けたのに笑顔で迎えてくれた。背中にビシビシと妬みの視線を感じるのは、気のせいではないだろう。


「あっちい……。」


 たった十五分の試合だというのに、汗がひどい。シャツで扇いで風を送ると、幾分か涼しくなった。


「キャーキャー言われてたね」


 興味深そうに、どこか面白そうに言うのは樹だ。おそらく、俺を見に来たらしい女子の反応のことだろう。ほんの少しも嫉妬の色が見えなくて、当然の事だというのに落ち込んだ。


「応援は、二人の声しか聞こえねーし」


 樹が俺の事を親友としか思っていなくても、俺は樹が好きなのだから、他の女子に気があるのではと思わせることは嫌だった。けれど、自分でも分かるほどの拗ねた態度に、居たたまれなくなる。樹は気にしていなくともだ。


「どうする、どこか見に行く?」


「あー、飲み物買いにいかね?」


 汗も引かないし、またあの会話の続きをするのも憚られるので、手を挙げて提案してみた。二人ともそれには異存が無いようで、体育館から出ようと移動を始めた。その時だ。


「じゃあ自販機にレッツごぅぉお!?」


 一瞬何が起こったか分からなかった。いきなり視界から樹が消えたかと思ったら、どうやら転んだらしかった。


「樹!?」


「いっちゃん!?」


「……いった~」


 尻餅をついて眉を顰める樹を見て、一気に心臓が冷える。


「ちょっといっちゃん大丈夫!?」


「あはは、コケちゃった。イタッ!」


 琴美が手を貸して立たせようとするが、できないようだ。


「あちゃー、痛めたみたい……。めっちゃハズい……」


 恥ずかしいのは分かるが、立てないというのはまずいと思う。それに関しては琴美も同意見のようで、柄にもなくおろおろしている。


「立てないって、ヤバくない?」


「えー、冷やせば大丈夫だよ。ってことで喜成、肩貸してくれる?」


 笑顔を作って言うが、どうにも無理しているようにしか見えない。歩かせて悪化しても困るので、俺は樹を抱きあげた。突然上げたからか、なんだか樹が騒いでいるが、構っている暇はない。


「このまま保健室連れてくわ」


「よしくん、落とさないでよ! 私、先生たちに一応連絡してくるね!」


 職員室へと走って行く琴美とは逆に、俺は保健室へと廊下を曲がる。


「よ、喜成、お、おろして……」


「歩けないだろ? しっかり捕まってろよ」


 そんなに軽いという程では無いが、重くはなく、琴美が落とすなと言ったのは要らぬ心配であった。

 立てないくらい痛いのは、琴美も言っていたがまずいだろう。ぎゅっとしがみつく樹を一瞥して、保健室へ急いだ。




 養護教諭が医者へ電話する時間も待ち遠しかったと言うのに、これからタクシーを呼ぶと言う。足を腫らした樹を見ていられなくて、気付けば背負って運ぶと名乗りをあげていた。すぐそこの病院なのだから、タクシーを待つよりずっと早い。

 背負った樹が、絶え間なく喋る。これは樹の気を紛らす時の癖だ。


 ぺったり体重を預けてきた樹が熱くて、熱が出てきたんじゃないかと気が気じゃ無かった。


 病院はガラガラで、樹はすぐに診てもらえた。看護師さんがにこやかに対応してくれる。

 樹は処置室から三十分くらいで出てきた。松葉杖をついていて一瞬びっくりしたが足は包帯が巻かれているだけである。


「どうだった?」


「ん、重い捻挫だって。骨に異常は無かったよ」


「良かった……」


 本当にほっとした。久しぶりに寿命が縮んだかと思った。それでも、包帯を巻いた足は痛々しい。受付の看護師から薬を受けとるのを横目に、俺はさっさと靴を履いて背負う用意をする。折れていなかったとは言え、歩かせるつもりは無い。なのに、樹は歩いて戻る気満々だったようで、そんな俺に対して首を傾げて見せた。


「どうかした?」


「いや、学校まで背負ってくし」


「えっ! いやいやいや、松葉杖お借りしましたし! 大丈夫ですし!」


 慣れない松葉杖よりも楽だろうに、なんで遠慮するのかわからない。それでも俺は譲る気が無いので、最後は樹が折れて大人しく背負われた。



 俺の前に伸ばした両手で松葉杖を持っているため、樹は俺の背中に体を預けている。その熱い体温に、骨折じゃなかったと安心したせいか、急に緊張してしまった。

 さっきは本当に下心なんてなくてとにかく急いでいたからだが、今更思う。これかなり恥ずかしい行動だったんじゃないか?

 いや、今だって断じて下心は無い。

 だがしかし、手に感じる柔らかい太股とか、背中に当たる柔らかい感触とか、首筋に当たる熱い息とか……。




 ……俺は先輩たちに、何か言えるような立場じゃなかったようだ。


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