18.れたーせっととじょしりょく
日の傾いたグラウンドで、ダウンを終えた部員たちは各々ドリンクを飲みながら、ひと時の休息を取っていた。夏に入った太陽は、夕日と言えど高い熱量を誇る。眩しいオレンジ色を何気なく見ていたら、小国先輩がねえねえ、と声を掛けてきた。
「樹ちゃん、球技大会何に出るの?」
「バレーですよ。」
にこにこと交わされる世間話は、いよいよ明日に迫った球技大会のことだった。やっぱりイベントと言うだけあって、みんなの関心を引く内容らしい。今日はよく知らない人にも何の種目に出るか聞かれた。敵情視察かな? 優勝しても貰えるのは賞状だけなんだけど、勝負事だから負けたくない人が多いのかもしれない。
「そっかー、良いねえ。俺ドッジなんだー。」
「ドッジも良いですねー。」
男女混合だったら、是非とも出たかった。きっと高校生になった今でも白熱すると思うんだよね。
「でね、樹ちゃん、良かったら―――」
小国先輩は何か言いかけたが、最後まで言うことは出来なかった。
何故なら、他の先輩方にのしかかられたから。
「海斗くぅぅぅん、なに抜け駆けしようとしてんのー?」
「偶然という奇跡を一緒に期待しましょうよぉぉぉ!」
「うわっ、馬鹿やめろ! いでででで!」
「うわ、大丈夫ですか?!」
突然のことに茫然としていたが、小国先輩の悲鳴にハッと我に返って確認する。しかし、ダイジョブダイジョブと、小国先輩を潰した先輩方が手を振ってこたえた。
……本当に大丈夫なんだろうか。
「樹ー、ちょっと来てー!」
「あ、はーい!」
島根さんに呼ばれたので、心配だったが私はその場を離れた。
「あーあ、和田君はバスケかー。あたし経験者だから漏れたんだよなー。」
何か仕事かと思って駆けつければ、島根さんによる喜成情報作成でした。知っている限りの情報を述べよとのお達しに、別に隠すことでも無いので教えてあげた。島根さんは小国先輩と同じくドッジボールだそうだ。絶対応援に行くんだからと、島根さんの目は闘志に燃えている。
「でも、ドッジも楽しいじゃん?」
「まーねっ! 三年生と当たったって、本気で投げてやるわよ。」
そう言ってニヤリと笑う島根さんは格好良いですが、何故でしょう、悪役臭がします。怖い。
■ ■ ■
球技大会当日。空には小さな積雲が少しあるだけで、朝から今日の暑さを思わせる晴天だった。絶好の大会日和である。
今日は朝練が無い。体育委員が頑張ってグラウンドで大会準備をしているからだ。いつもより遅い登校時間に少しだけ違和感を覚えながら、私たちは電車に乗って学校へと向かった。
「憂鬱だ……。」
学校を目前にして、兄ちゃんのテンションが、あからさまに駄々下がりである。
「今年は下駄箱に何入ってるだろうなあ。今年はブラジャーかもしれないなあ。」
対して正悟先輩は含み笑いである。他人の不幸は蜜の味、とでも言おうか。それでもきっとこの人は、あまりにも酷いことが起これば、誰よりも怒ってくれるだろう……とは思う。多分。
「いっちゃん、今日は優勝目指すよ!」
「おうとも!」
琴美に肩を叩かれ、笑顔で答える。出場するからには勝ちますよ!
「でも、怪我には十分注意しろよ?」
「わかってるよー。喜成こそ、どっか痛めたりしないでよ?」
試合前の大事な時でもあるのだ。まあ、一年の喜成は良くてベンチだろうけど……。
「ちょっと樹ー? 俺にはそう言う優しい言葉とか応援とか無いのー?」
「あー、はいはい、頑張ってください。」
正悟先輩が肩に腕を回してきた。鞄にはジャージと弁当くらいしか入っていないので、突然増えた重みに態度も投げやりになってしまう。
「ちょっ、投げやりすぎ! もっと愛情込めて!」
「だって正悟先輩は応援なんか無くたって勝ち進めそうじゃないですかー。」
「そんなこと無いって。だって決勝戦では健と当たるだろうし。五分五分だよな。」
「え、正悟先輩もサッカーなんですか?」
すっかり聞くのを忘れていたが、兄ちゃんと当たるということはサッカーである。よく一緒にいるので忘れがちだが、兄ちゃんと正悟先輩はクラスが別なのだ。
「そうだよー。去年から体育委員にストップかけられた。」
「兄ちゃんと言い、正悟先輩と言い、なにやったんですか……?」
「あれはまだ汚れを知らない一年の頃のことだった……。」
「どうせ先輩たちで圧勝したんでしょう?」
琴美がそう言うと、まあそれもあるんだけどな、と正悟先輩は肩をすくめた。ああ……。
「去年から俺たちクラス違うからさ、同じ種目にしてぶつからせようって考えてるらしくて。」
なるほど。二人が敵対することってあんまり無いから面白いかも。でも、二人のファンが押し寄せて大変なんじゃないのかな。
「ファンはファンでまとめといた方が楽なんだとさ。」
あ、そうですか。
「去年はうちのクラスの粘り勝ちだったんだよな~。」
「フン、今年は樹が俺の応援に来てくれるからな。今年の優勝は俺がいただく!」
あ、兄ちゃんが復活した。が、余計なことを口走ってくれたために、正悟先輩が噛みついてきた。
「なんだよそれー! それじゃあ俺が不利じゃんか。樹、俺の応援もしろって!」
「だからー、兄ちゃんにも言いましたけど、クラス対抗なんだから、他クラス応援したら顰蹙じゃないですかー。」
「お前のクラスと当たる時は応援しなくて良いから! 俺と健の土俵が同じ方が、見てる方も面白いだろうし。な!?」
なんでそこまで必死に応援を求められるのか分からないが、とりあえず了承しよう。そうじゃないと吐きそうだ。今、私の頭は正悟先輩によって前後に揺さぶられている。うえっ
「わ、わかりました、わかりましたよ! だから揺らさないで、三半規管がやられる、うええ」
「よっしゃ!」
よっしゃじゃないよ、全くもう!
ぼさぼさになった頭を、琴美と喜成が撫でて直してくれました。ありがとう、二人とも……。
その後、昇降口で石化した兄ちゃんと、その背中をあやすように叩きながら「ドンマイ」と言う正悟先輩が目撃された。何を貰ったのかは、精神衛生保護のため聞かないことにする。
ちなみに、喜成の下駄箱もラブレターでいっぱいだったよ!
可愛いカラフルな封筒と綺麗な宛名の字に、もやもやとしたものを感じた。このやろう、イケメンめ。私は今までラブレターの一通も貰ったことなど無いというのに。はっ、これが嫉妬か。
しかし女子って、ラブレター好きだよね……。って言うか、お手紙系全般。授業中に回って来る手紙なんて、明るい色のペンと可愛い字で書かれていて、落書きとか暇つぶしとかの域を超えている気がする。男子でラブレター書いた奴、今まで見たこと無いわ。あ、イタズラ以外で。