表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とらいあんぐる おあ へきさごん  作者: 高槻
めまぐるしい はる
18/51

番外・その時の彼ら1

12話の正悟視点。

 風呂上がりに冷蔵庫を開けたら、コーラが無かった。

 その時の落ち込みたるや。取り敢えず麦茶で喉を潤したものの、あの炭酸の刺激が恋しい。小腹も空いたし、俺はコンビニに行くことにした。


 眩しい店内に入ると、そこには見知った顔があった。


「あれ? 樹じゃん」


「あ、正悟先輩。奇遇ですね」


 にこっと笑う顔は、昔のまま。それこそ二歳から変わって無い。

 けれどその体は、不思議なことに今は女である。部屋着なのだろうハーフパンツとTシャツが、胸と腰の女らしさをありのままに伝えていた。しかもブラ透けてる。可愛い弟分の変貌に、少し動揺しかけたが、なんとか堪えて会話を続けた。


「急にコーラ飲みたくなってさあ。ついでに夜食も買いに来た」


「先輩の胃袋って、やっぱり宇宙空間に繋がってるんじゃないですか?」


「俺もその線を疑ってる。樹は何買いに来たんだ?」


 籠を覗くと、見覚えの無いパッケージが二つ。そこに印字されている文字に、興味を引かれたのは事実だ。


「新発売のアイスですよ。CMで見て、どうしても食べたくなっちゃって」


「トロピカルティ&ミルク味…… 美味いのか?」


「さあ。食べたことないから分かりませんけど、勘は美味いと言っています」


「まじか。俺も買ってみよう。てか、樹、お前一人で来たのか?」


「そうですよ?」


 棚の陰に健がいるのかと思っていたが、一向に出てこない。これはもしかしてと思い尋ねると、案の定一人で来たらしい。もう夜の十一時なんだが。


「……俺もすぐ会計済ませるから、一緒に帰ろうぜ」


「はあ、わかりました」


 どうして俺が誘ったのか、絶対こいつは分かって無い。

 とにかく、何を買うか悩む時間も惜しい。目に付いた商品を取り敢えず籠に入れ、会計を済ませた。


「うしっ、樹、帰るぞー」


「どんだけ買ってるんですか……」


「どうせだから買い置きしておこうと思って。今晩では無くなんねーよ、さすがに」


 凄い疑いの眼差しで見られたんだけど、俺、樹にどんなイメージ持たれてるの?


「そういや、健はどうして来てないんだ?」


「兄ちゃんですか? 私が家を出た時は風呂に入っていたので」


「なるほどね~」


 それなら、健が付いてこないのも道理だ。こんな時間に、重度のシスコンに変わってしまった健が、樹を一人で送りだすわけが無い。

 今度からは一人で行かせないように、健にしっかり言っておこう。男の時分ならなんら問題無いが、今は女の子だ。この住宅街は変質者の出没も最近多発しているし、男よりも女の方が遭遇率が高い。当然の心配だが、樹は今まで男だったから、その辺の認識が甘いのだろう。



「……ああ、もうこんな所ですね」


 そう声を掛けられて立ち止まる。俺の家と樹の家との分かれ道だ。


「それじゃ先輩、おやすみなさい」


 そう言って、さも当たり前という風に一人で帰ろうとする樹を、慌てて止める。


「おいおい、何言ってんの。家まで送るし」


「へ? えー、そんないいですよ」


「だーめ。女の子が夜道を一人歩きとか、危ないだろ?」


 こいつは言わなきゃわからん。そう思って口にするが、やはり心中はまだ男なのだろう、変な顔をされた。


「女の子って、先輩……」


「その通りだろ? 良いから黙って送られなさい」


「……はあい」


 ぶすっと拗ねた顔も、昔から変わらない。なんだかおかしくて、昔みたいに頭を撫でた。


「ちょ、先輩!」


「全く。俺が送るって言ったら、女子は喜ぶもんだぜ? 感謝しろよ?」


「はぁ……。イケメンは中身もイケメンなんですね」


「何言ってんだ? そうだ、どうせなら手でも繋ぐか」


「繋ぎませんよ!」


 なんだか懐かしくなって、そう提案する。荷物を片手に纏めて空いた方を差し出すが、見事に拒否られた。


「えー、お前『しょうにいちゃんとおててつなぐ!』って、よく健泣かせてたじゃんか~」


「いつの話ですか! それ幼稚園くらいでしょ!?」


「あははは」


 よたよた後ろをついてきたのが、懐かしい。




「っと、着いた。久しぶりだな、お前ん家来るの」


「あー、そう言えばそうですね」


 最後に来たのはいつだったか。

 中学までは、よく遊びに来ていたんだ。

 だけどそう、あれは中学三年に上がった時。

 中学に上がった樹が、『正悟先輩』って俺を呼んだ。

 今までの『正兄ちゃん』からの変化に、その時の俺は耐えられなかった。

 一気に樹と距離が離れたような。

 健がいつものように『兄ちゃん』と呼ばれているから、余計に辛かった。

 …今思えば、俺も駄目っていうか青いっていうか。


「じゃあ、正悟先輩、有難うございました。今度また来て下さいね」


 思考に耽っていたところを、樹の言葉で我に帰る。


「おう、そうする。じゃあなー」


「おやすみなさい」


 手を振り、踵を返す。

 樹も、いつまでもちっちゃい子どもでいるわけじゃない。

 女の体になれば、余計にそれを意識せざるを得ない。

 それでも、いつまでも変わらない笑顔がやっぱり大切で、守りたいと思う。

 ……俺も大概シスコンか?

 一人苦笑して、振り返る。そこにはまだ、樹がいた。


「あ、そうだ樹ー」


「な、なんですか?」


「ブラ透けてたー。ごちそーさまー」


「!!?」


 パンツ見た時も、凄い恥入ってたんだ。こう言えば、もう油断した格好で外には出まい。


「ばかあああ!」


 背中に罵声を浴びながら、俺は笑って家に帰った。




 アイスは、可も無く不可も無くな味だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ