16.むかしはちょっとうらやましかった
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「ねえいっちゃん、聞いたー? よしくんまた告られたんだってー。」
お昼休み。女の子らしく机を合わせて、琴美と恵美子さんと三人でごはんである。そんな中、琴美がパックのストレートティを飲みながら、その話題を振ってきた。
「へー、まじー? 流石喜成、モテモテですなあ。」
「喜成って、一組の和田君? 仲良いの?」
「うん。私といっちゃんとよしくんは、幼稚園から幼馴染なんだー。」
恵美子さんの疑問に、琴美がへらりと答える。凄い取り合わせね、とこちらを向いて言うものだから、思わず真顔で肯いてしまった。美形に囲まれた私、ザ・平凡。いえー。
「恵美子さん、喜成のこと知ってるんだ?」
「そりゃ知ってるわよ。あれだけのイケメンだし、部活の子たちの間で結構話題に上るもの。」
「わかるー。女バスの更衣室でもよしくんカッコいいってよく聞くもん。」
「やだ、喜成ってば話題の的。」
「樹ちゃんのお兄様とか香川先輩とかが卒業したら、きっと我が校の男子トップに祭り上げられるでしょうね。」
うんうん、と肯く恵美子さん。やっぱり奴らは美形なのだなあ、と再確認。近過ぎると忘れやすいんだよね!
「恵美子さんも、兄ちゃんとか正悟先輩とか喜成とか、タイプ?」
「ええ? 確かに格好良いし目の保養にはなると思うけど、私彼氏以外の男に興味無いのよね。」
突然の爆弾発言に、一気に上がる私と琴美のテンション。
「うへえ!? 恵美子さん、彼氏いるんだ!」
「あら、言って無かったかしら。」
「言ってなかったよお! うち? 同じ学年?!」
「同じ学年は当たってるけど、学校は違うわ。中学が一緒だったの。あいつは馬鹿だから、ここ入れなかったのよね。」
おおおい、彼氏を馬鹿発言って、あなた……。
「恵美子さんの彼氏って、どんなタイプなんだろ。やっぱり格好良くて、大人っぽい?」
頭に思い浮かべたのは、恵美子さんみたいに大人っぽくて、眼鏡をかけた頭の良さそうな人。あれ、でもバ……成績はよろしくないんだっけ?
「甘いわいっちゃん。えっこの彼氏なら、そうね……、度量が広くて、向こう見ずな熱血タイプよ!」
どう? と琴美が胸を張る。と、見る見る恵美子さんの顔に変化が。
「あ、赤くなった。」
「……ことちゃんって、超能力でも使えるの?」
「あー、人間を超越してるかもしれない、とは私もたまに思うよ。」
■ ■ ■
うちのサッカー部は、土曜は午前中のみ活動する。
ちなみにバスケ部は、午後。午前中はバレー部が体育館を使用するからだ。譲り合いの精神は大事だね。
つまり、土曜は俺と喜成と、二人で下校するんだけど。
「なあ、樹。この後暇か?」
「暇だよ?」
そこそこの混雑を見せる、土曜の昼間の電車の中。何故か喜成が真剣な顔でそんなことを聞いてきた。
「なに? どっか行く?」
「久しぶりに映画でも見に行かないか?」
もうそろそろ終わるだろ。
そう言われて思い出した。
私と喜成が大好きなアメリカ産映画のシリーズ最新作が、放映中なのである。
「行こう。」
私も真面目な顔で肯いた。
「はー、滅茶苦茶面白かったねー!」
「ああ。」
映画館を出た私たちはのんびりと帰路に就きながら、興奮冷めやらぬまま映画の感想を語り合った。
「カーチェイスでちょっと目が回りそうだったけど、アクションシーンはいつものごとく迫力満点だったし、ヒロイン救出劇なんか、もう鳥肌ものだった!」
「あの泉のとこの。あれが暗号だとは気付かなかったなあ。」
「喜成もそう思う? あれは憎い演出だよねえ。」
血沸き肉躍るアクションも彼の国らしくて良いが、毎回どこかしらに意表を突く細工があるのも、この映画の魅力の一つ。
あー、思い返したら今までの作品見たくなっちゃった。
「ねえ喜成ー、どうせ明日休みだし、今までの全部レンタルしてきて見ようよ。」
「それも良いな。」
「ね! そうだ、久しぶりに喜成の家行きたーい。」
そう言ったら、喜成の足が止まった。
二歩ほど後ろで止まったままの喜成を見る。
「どうした?」
「いや……、なんでもない……。良いのか? うちで。」
「うん? もちろん。何、部屋散らかってるの? 良いよお、座るスペースさえあれば。」
「いや、うん。じゃあうち行くか。」
「やったー、久々。」
あれ? もしかしたら、中学卒業してから行って無いかも……。
久しぶりに訪れた和田家は、相も変わらずでかかった。おじいちゃんの代からの家らしく、引き戸、襖、畳の和風建築だけど、ちょっと前に亡くなったおばあちゃんのためにバリアフリーが行き届いているため、中に入ると現代風味である。
「ただいま。」
「お邪魔しまーす。」
喜成が玄関を開け、中に向かって声を掛けると、奥からおーう、とおじいちゃんの声がした。微かに聞こえるのはテレビの音だろう。そう言えば、この時間は時代劇の再放送を見るのが、おじいちゃんの日課だったな。
「じいちゃん、帰って来てるのか……。」
「どっか行ってたの?」
「朝、釣り堀行くって言ってた。居間使えないな。」
「喜成の部屋で良くない?」
喜成の部屋にもテレビがある。成績が良いからか、居間のテレビをおじいちゃんが占拠しているからかは、わからないけど。
勝手知ったる他人の家、俺はさっさと靴を脱いで、二階にある喜成の部屋へと向かった。
「なんだ、綺麗じゃん。」
部屋はいつも通り、綺麗に片付いていた。ちょっとだけ違和感を感じるのは、棚に入っている教科書類が高校のもので、中学時代の鞄が置かれていないことだろう。
窓に干されていた布団を引きあげ、壁際に丸めて置き、押し入れから座布団を引っぱり出して敷いた。簡易の座椅子である。一連の流れがいつものことだ。端から見ると図々しいかもしれないけど…。
テレビ台の下部に収納されていたゲームのハードを取り出し、コードを繋いでいく。
「準備良いな……。」
「あ、ばっちりやっといたよー。」
遅れてやってきた喜成の手には、麦茶のボトルとコップが載っていた。お菓子はばっちり、帰りがけに買って来てある。
早速ディスクをセットして、さっき作った簡易座椅子に座った。
礼を言って受け取った麦茶で喉を潤しながら、映画に見入っていく。
はあ、一作目は疾走感が半端ないんだよなあ。面白い。
あっという間に物語は佳境へ向かい、今画面を流れているのはエンドロールだ。気付かぬうちに詰めていた息を吐くと、体が弛緩したのが分かった。手に汗握るって、こう言うことなんだろう。
ふと、右隣の体温に気付いた。
喜成が座っているのだが、十センチほど離れていてもその体から発される熱がこちらに伝わって来る。喜成は筋肉質だから代謝が良くて体温が高いのだろう。今までそんなに気にしたことは無かったが、女の体になって脂肪が増えたことが原因だろう、温度差が大きいような気がする。なんだか、別の生き物が隣にいるようだ。
ちらりと見ると、記憶より高い位置に喜成の顔がある。無表情でエンドロールを眺めるその顔は、多くの女子が騒ぐほど整ったもの。
よしくん、また告られたんだって。
あの時の会話が思い出される。
クラスが別れちゃったからあまり分からないけれど、教室でも人気なのでは無いだろうか。貝塚さんも喜成目当てでサッカー部に入ったし、来年のサッカー部マネージャーは安泰かもしれない。
うーん、でもそういう子は嫌だな。
なんだかんだ言って、貝塚さんは喜成を贔屓するわけでなく、皆に平等に献身的だし。そういう子だったら許す。
「どうかしたか?」
横目で見ていた筈が、いつの間にか喜成をじっと見ていたらしい。それに気付いた喜成が、怪訝な顔でこちらに尋ねてくる。何やってるんだ、私。
「いや、あの、喜成背、伸びたんじゃない?」
「ああ、そうかも。最近成長痛酷かったし。」
「悔しー! どれだけ伸びるの。五センチ、いや十センチ寄こせ!」
「無理無理。」
ははは、と笑う顔は、見慣れたいつもの喜成だった。
作中の映画は、実在しません。テキトーに考えました。
12話から16話まで、樹と誰を絡ませるかと順番をアミダクジで決めました。
図らずも最後になった喜成は、作者の中では不憫者として定着しております(笑)