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とらいあんぐる おあ へきさごん  作者: 高槻
めまぐるしい はる
16/51

15.さすがぶちょうです

 たまには本でも読もうかな。

 そう思い立ち、お弁当を食べた後、私は一人で図書館へと向かった。

 本当は琴美も誘おうと思ったのだが、委員会の集まりでお弁当すら一緒に食べられなかった。貝塚さんのおかげでぼっち飯にはならずにすんだけど。

 ……一人で寂しかったのも、図書室へ向かう理由の一つです、はい。


 昼休みの図書室は、想像していた以上に閑散としていた。というか、誰もいない。カウンターに司書の先生すらおらず、『ただいま職員室にいます。』と、手書きのメモがカードスタンドに挟まっていた。ふおおお! ごろねこのスタンドじゃないか! たしか司書の先生は優しそうなおばさんだったはず! お仲間ですね!

 テンションが上がって、それを持ちあげてじっくりと見入ってしまった。ああ、この尻尾がまた、たまらなく素敵……!


「あれ、樹ちゃん?」


「っはい!?」


 誰もいないと思って超油断してたからめちゃくちゃびびったッ!

 バッと振り返ったら、そこにいたのは目を丸く見開いた小国先輩でした。なにこれデジャブ。


「吃驚したー。って、樹ちゃんを驚かせたのは俺か。ごめんね、また突然声かけて。」


「いいいいえ、ごろねこに集中してた私も悪いんで!」


 うわー、まだ心臓バクバクしてる。


「ごろねこ? って、それ?」


 小国先輩が、私の手に納まっているカードスタンドを指さして尋ねた。


「そうなんですよー。めちゃくちゃ可愛くないですかー?」


「あー、確かに和むかも。」


「ですよねー! 同意していただけて嬉しいです。」


 思わず破顔一笑。趣味や好物の共通項があると、嬉しくなるよね。


「っ……、えっと、樹ちゃんも本借りに来たの?」


「はい。久しぶりに何か読もうかなって思って。先輩も何か借りるんですか?」


「うん、新書。」


 そう言って目の前に出されたのは、一冊の新書。タイトルから察するに、環境破壊を題材にしたもののようだ。


「私、新書って読んだこと無いんですよねー。」


「まあ、俺も今年入ってから読む様になったし。結構読みやすくて面白いよ?」


 あっちの奥の棚にあるよ、と示された先は図書館の丁度出入り口の反対側で、いくつもの大きな棚に邪魔されて見えない。道理で先輩がいたのに気付かなかったわけだ。


「えー、私も今日は新書を借りようかなあ。」


「色んな分野あるから、興味があるやつ読むと良いよ。受験の小論文対策にもなるしね。」


 あ、そうだよね。先輩たちは受験生なんだ。

 自分が入学したばかりだからつい忘れがちだけれど、先輩がここにいるのはもう一年も無いんだ。そう考えたら、ちょっと気分がしょぼんとした。


「あらやだ、遅くなってごめんなさいねー!」


 静寂を破る様に現れたのは、司書の先生。典型的なおばちゃんである。


「あ、大丈夫ですよ。これ貸出おねがいします。あ、樹ちゃんも早く借りて戻りなよ? のんびりしてると五時間目始まっちゃうよ。」


「えっ。あ、先輩、ご助言ありがとうございます。」


 にっこり笑った先輩に会釈をして、私は急いで新書の棚に向かった。

 小国先輩って、親しみやすいけど時々大人っぽいんだよなあ。ああいう三年生になりたいな。……なれるかなあ。



 あ、司書の先生に、ごろねこカードスタンドを何処で買ったか、しっかと聞きました!



 ■ ■ ■



「なんか、今日アンタ暗くない?」


「へ、え?」


 島根さんに覗きこまれ、戸惑ってしまう。


「暗い?」


「うん。なんかしょげてる感じ。先輩たちの方じっと見てるし。」


「えっ、私そんなだった!?」


 無自覚ですよ、それは!


「まあ、多分向こうからは気付かれて無いだろうけど。あ、もしかして、先輩の中に好きな人でも出来たの~?」


 にやにやと肘でつつかれ、慌ててしまう。


「そ、そうじゃないよ。」


「隠すな隠すな。」


「ほんとに違うんだってば~。あのね、先輩たちが部活に参加するのもあと二ヶ月くらいなんだなって思ったら、ちょっとしんみりしちゃって。」


 少し前まで肌寒かった空気も、時に汗ばむほどの温度を纏った。

 夏が、近い。ひいては、運動部の引退時期が近いのだ。

 これが吹奏楽部だと、引退は秋、もしくは冬だったりもするから、余計に『もうすぐ』という印象が付く。


「何かと思えば、今からそんなにしょげててどうすんのよ。」


「だ、だって……。」


「だってじゃないわよ、全く。良い? そんなに引退が惜しけりゃ、試合に勝ち進んで長く居てもらえば良いの。そのためにアタシたちに出来ることは、しっかりサポートすること。わかった?」


 ふん、と鼻をならして言われた言葉が、すとん、と胸に落ちた。


「そっか。そうだよね。よし! しょげてないで仕事頑張ります!」


「よし、その意気だ! と、言うわけでぇ、買い出し頼んだ!」


「えっ。」


 ……ウインクとサムズアップされました。



 ■ ■ ■



 本の貸し出しは一週間。ちょうど今日が返却期限だ。

 鞄から本を取り出し琴美を見ると、ここ数日流行しているトランプゲームのスピードに真剣である。声をかけるのも忍びなかったので、そのまま教室を出た。

 図書室へと向かう階段の途中で、上を小国先輩が歩いているのに気付いた。気付いたからには挨拶しなければならないだろうと声をかけると、小国先輩はこちらに気付いて足を止めてくれた。


「小国先輩。」


「…おお、樹ちゃん。本の返却?」


「はい。先輩のおっしゃてた通り読みやすかったです。返却はぎりぎりになっちゃいましたけど。」


「そりゃ良かった。返却は間に合えば良いんだよ。おかげでこうして今日も会えたわけだし……。」


「毎日部活で会ってるじゃないですかー。」


「いや、まあ、そうなんだけど……。」


 変なことを言う先輩である。

 しかし、部活と言えば、先週のしんみり感が思い出された。隣を歩く先輩を見ながら、自分はちゃんと部員のサポートを出来ているかと、心配になった。


「あの、樹ちゃん? 俺の顔に何か付いてる?」


「えっ!? あ、いえ、そうじゃなくて、ちょっと気になったって言うか…。」


「えっ、なにが?」


「あの、…私はマネージャーとして、皆さんのお役に立っているでしょうか……。」


 口に出したら、余計に不安になってきて、視線は足下を漂う。


「ええ、どうしたの、急に。」


「私、未だに不慣れで、いつも島根さんがフォローしてくれるんです。この前も喝を入れてもらって…。それで頑張ろうって思ったんですけど、見当違いなことしてたり役に立ってなかったりしませんか?」


 もともと私は文化部にいたこともあって、運動部の空気になじめていない、そんな感じは常にどこかしらあった。失敗もあるし……。辿りついた図書室の前で立ち止まり、先輩の顔を見上げると、先輩は真面目な顔をして口を開いた。


「樹ちゃんは、もちろん梨佳ちゃんもだけど、ちゃんとサポート出来てるよ。ドリンクにしたって道具の整備にしたって、しっかりしてあるから俺たちの士気が上がるんだよ。何か失敗して落ち込むこともあるかもしれないけど、次は成功するように学べば良い。」


 真摯な眼差しに、引き込まれるようだった。


「俺だって、今まで部活をしていて失敗も部員との衝突も、いっぱいあった。でも部活の良い所はさ、そこに仲間がいることだと思ってる。仲間の助言が無かったら失敗を克服できなかったし、衝突した先の一つ成長した精神も得られなかったよ。それに、頑張ってる仲間を見ると俺も頑張ろうって思えるし。」


 なんか話がそれたな、と言いながら小国先輩は頬を掻き、とにかく、と私の肩にポンと手を置いた。


「樹ちゃんが頑張ってるのはわかってるし、その姿を見ると励まされる。疲れた時にドリンク差し出されれば嬉しいし、綺麗に泥を落としてもらったボールは幸せ者だ。記録から傾向を出してくれるのも、練習に集中できて助かってる。それに、樹ちゃんたちにはわからないかもしれないけど、俺たちは声援もらうだけでやる気出るし、二人がなんかきゃいきゃいしてるの見るだけで元気出る! …とまあ、こんな感じでサッカー部のサポートは完璧です。」


 胸を張って言われた言葉が、最後の方はちょっとアレだったけど、とっても嬉しかった。

 今までの不安だとか、感傷だとか、一気に吹き飛んだようで、肩が軽くなった気がする。


「先輩、ありがとうございます。これからも、誠心誠意、頑張りますね!」


「はは、うん。笑顔になってくれて良かったよ。樹ちゃんの笑顔見ると、俺嬉しいからさ。」


「へっ?」



 その後、互いに照れたのは誰にも見られていなくて良かったです。


え、誰このいけめん……。

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