13.こわいのはにがてです
夕飯の後、部屋で課題をしていたら、兄ちゃんがドアをノックして入ってきた。
「正悟からゲーム借りたんだけど、一緒にやらないか?」
「やるやるー」
羨ましいことに、兄ちゃんの部屋にはテレビがある。
まあ、成績が優秀で、模試の順位落とさないことが条件なんだけど。
「あと二問で課題終わるから、待ってて」
「わかった。準備しとく」
兄ちゃんが出て行き再び静かになった部屋で、俺はまた課題に向き合った。
さっさと終わらせよう。何のゲーム借りてきたのかな~。
「って、暗っ!」
兄ちゃんの部屋に入ると、そこは真っ暗でした。
テレビ画面は点いていたけれど、暗闇に白い靄がかかってる背景に、白くゲームのタイトルが浮かんでいるもので、光源としては頼りない。
「え、なんで暗くしてるの?」
「雰囲気出そうかと思って」
「ふ、雰囲気って?」
「いや、なに。ホラーゲームの。」
「やっぱりホラーゲームか!」
おどろおどろしい画面からそんな気はしてたよ!
「まあまあ、良いからこっち座れよ。二人でやれば怖くないだろう?」
ぽんぽん、と、兄ちゃんが自分の隣を叩いて俺に座るよう促す。暗いので恐る恐るそこまで行って座った。クッションがあったので、それを抱えてみた。猫型でめっちゃかわいい。
「うう、やだよぉ。これ怖い? 怖い?」
「正悟はアーカイブ全部集めたって、自慢してきた」
「全然参考にならないよ、それ!」
難易度の話をしているんじゃない!
「とにかくやってみよう。ニューゲーム、っと」
「うわあ、始まったー!」
……なぜかコントローラーを渡された。
「え?」
「最初はチュートリアルだろうから、樹やってみなよ」
「ええ!?」
……まあ、そこからは散々でした。
「う、う、撃たれたあああ!」
「うわあ、轢いちゃった!!」
「え、ちょ、なになになに、視界ジャック? ホールド??」
「なんかいるうううううう!」
「ぎゃあああ死んだあああああ!」
画面に映る、『終了条件未遂。』の文字。半泣きな俺。
「うっうっ……おうち帰る……」
「樹、落ちつけ。ここはお前の家だ」
コントローラーから手を離して、兄ちゃんの腕を掴む。他人の暖かさが恐怖心を和らげてくれる気がして、力の限りぎゅっと握った。痛いとか聞こえたけど気にしない。体力テストで握力両手ともに三十八だったけど気にしない。
「もう無理。無理ゲーだから。武器無いとか無いから。」
「落ちつけって。次のステージ行ったら武器出てくるよ、きっと。とりあえず、俺がここクリアするから、な?」
「やだ、もうやめる。明日正悟先輩に文句言ってやる。」
とりあえず、電気付けたい。
■ ■ ■
翌日、部活も終わりになり、空になったボトルを洗って皆の元に戻ると、なんだか様子が変だった。
敵愾心むき出しって言うか……、喧嘩腰? で何かに向かっていた。しかも着替えの途中だったのか、半裸の人も数名混じっている。島根さんもいるんだから、ちゃんと着替えて下さいよ、もう。
「先輩たち何やってんの、あれ」
「さあ……」
島根さんと首を傾げながら、ボトルをしまう。俺たちの方からは、先輩たちの後ろ姿しか見えなくて、何と敵対しているのかわからなかった。
まあ、触らぬ神に祟りなしってことで、ちょっと離れて眺めていようかと思ったら。
戻ってきた俺たちに気付いたのか、集団の後方にいた喜成が振り返って、俺に手招きしてきた。
「ちょっと喜成くん呼んでるじゃない。あたしも行って良いかな」
「良いと思うけど、乱闘とかになったら危なくない?」
「そんなことになりそうな場所に、普通女子呼ぶ? 何かあるんでしょ、きっと」
島根さんの言うことももっともだ。俺たちは二人連れだって、集団に近づいてみた。
「喜成くん、これ何事なの?」
とは島根さん。ちょっと怯えた表情が可愛いです。が、その表情作りましたね?
「ああ、いや、大したことじゃないよ。三年ツートップに対して、うちの先輩方が絡んでるだけだから」
「「つーとっぷ?」」
ツートップとはなんぞやと、背伸びしながら、人垣の隙間を覗き見た。そこにいたのは
「うげ、兄ちゃんに正悟先輩……」
同じく二人を視界に納めたのか、隣の島根さんが俺の肩をバシバシ叩いてきた。落ちついて! 頼むから落ちついて! 別にそこまで興奮するに値する人たちじゃないから!
「やだー、もう眼福ー! って、あの後ろにいる美人って、あんたのクラスの子じゃなかった? もしかしてどっちかと付き合ってるとか!?」
ぎゅっと掴まれた二の腕が痛い痛い痛いです! ……もしかして俺より握力あるんじゃないのか?
島根さんに美人と言わしめる人は誰ぞ、と思ってもう一度背伸びして見てみたら、奥に琴美がいた。おおう、その困った表情も美しいです琴美さん。
「なんで琴美もいるんだ?」
「あんたの友達?」
「あーうん、幼馴染。どっちとも付き合って無いから安心して」
って言ったら、島根さんはあからさまに笑顔になった。まあ、それは置いといて、喜成にどういう事だと視線を送れば、奴は大きな溜息をついて簡単に経緯を説明してくれた。
「なんか、この喧嘩の一因に琴美も入ってるみたいなんだよ……」
呆れたように言う喜成に、頭が痛くなってくる。
そうだね。サッカー部は女子に飢えてるからね……。
「で、あの人たち何しに来たの?」
「樹を迎えに来たに決まっているだろう!」
「うおっ!?」
突然後ろから肩を掴まれ、心臓が跳ねた。思わずエルボーを繰り出したら、見事にクリーンヒットした感触が。後ろを振り向いたら、兄ちゃんが腹を押さえて蹲っていた。
「うわー、吃驚したー。ちょっと突然やめてよ。っていうか移動早ッ!」
「なかなか、重い一撃だったぞ……樹よ……」
「はいはい、茶番はやめろー。樹、喜成帰るぞー」
遅れてやってきた正悟先輩が、兄ちゃんの首根っこを捕まえて立たせた。あ、兄ちゃんの顔色が青い。
「どうしたんすか、突然」
誰しもが思ったであろう問いを、喜成が代表して聞いてくれた。それを受け、正悟先輩はきわめて真面目な表情になり、拳を突き上げて宣言する。
「今日は健が散々自慢してくれたので、みんなでゲームをしようと思う!」
「「え゛」」
自慢ってなんだか分からないけど、昨日の今日でゲームって言ったら「アレ」じゃないですかー。やだー。
やだー!!
■ ■ ■
「と、いうことがあったんだ。」
帰りの道すがら、昨晩の出来事を喜成と琴美に話す。
もちろん半泣きだったことは言わないよ!
俺のプライドに関わるからね!
「それでさー、今日は朝から健が『樹が縋りついてきて可愛かった』って散々自慢しまくるからさー、これは俺も拝まねばって、思うじゃん?」
「ちょっと兄ちゃん!? 何言ってくれちゃってんの!?」
まさかの正悟先輩のカミングアウトに、俺驚愕。
何それめっちゃ恥ずかしいし、第一縋りついてないし! 腕は力の限り握りしめたけど!
「事実だろ」
「捏造だよ!」
「えー、そんな可愛いいっちゃん、私も見たーい!」
「え、琴美、あのゲームマジで怖いよ?」
「私怖いの好きだから」
……ああ、そうだったね。都市伝説とか学校の怪談とか、結構読み漁ってたもんね……。
「ところで樹」
「なに?」
もう周りに味方はいない。今晩もあのゲームをすることになるんだ、しかも徹夜で。そう思って打ちひしがれていた俺に、喜成が声を掛けてきた。
「沈めるのは正悟先輩と健先輩の二人ともで良いか?」
「なんの話ーーーーッ!!?」
最後の味方はちょっとデンジャラスでした……。
■ ■ ■
午後十時。皆が我が家に集合し、あの恐怖のゲームがまたもや始められた。
「うっ、うっ、正悟先輩のばかあ! なんでこれ買ったんですかあああ!」
「ええ!? つーか樹怯え過ぎ!」
「可愛いだろう、うちの樹は。」
「「「可愛い。」」」
うわーん! みんなでこっち見るなあああ!
うわあ、見つかった! コントローラー震えたあああ!
深夜も三時近くなり、男は兄ちゃんの部屋に、琴美は俺の部屋にそれぞれ別れて寝る事になった。
「ねえ、琴美、豆電球付けて寝て良い?」
「良いよー」
く、暗いのなんか、別に怖くないんだからねっ! ただ、琴美が夜中目を覚ました時に、慣れない部屋だと危ないと思っただけなんだからっ!
「いっちゃんの家に泊まるなんて、久しぶりだねえ」
客用の布団に潜り込んだ琴美が、そう話しかけてきた。声から、笑っているのが分かる。
「あー、そうだねえ。」
小学校の低学年くらいまでは、三人それぞれの家によくお泊りしていたものだった。やっぱり、思春期になると性別の壁が出来て、なんとはなしにしなくなったんだよな。
「今日も楽しかった! いっちゃんの怯え顔も見れたし」
「もー、やめてよー」
恥ずかしい。
でも、みんなで遊んだのは楽しかった。今度はもっと楽しいゲームにしてくれるよう頼もうかな。
「あ、そうだいっちゃん。次の日曜、一緒に買い物でも行かない?」
「買い物? 何欲しいの?」
「夏服とかー、小物とか? とにかくショッピング行きたーい!」
「いいよー」
「やったー! 楽しみにしてるね。おやすみ」
「うん、おやすみ」
優しい静寂が、訪れる。
やっぱり、今日も楽しかった。
琴美とまた近づけた気がして、女になってちょっとだけ良かったと、思った。
作中に出てくるのは、超有名な某サイレンで蘇る系ホラーゲームです。
あんなところにアーカイブあるなんて思わないじゃないですかーやだー。