12.しんはつばいによわいです
「えー、何これめっちゃ美味そう!」
何の気なしに眺めていたテレビ番組。その間に流れたコマーシャルに、俺はまんまとのせられた。
「ああ、そのCM今日よく見るわねー」
俺の隣で真剣にドラマを見ていた母さんが、そんな報告をしてくる。
それはラクトアイスを宣伝しているものなのだが、大きく「新発売」の三文字が出ていた。昨日まで見覚えが無いから、今日から発売しているのかもしれない。
「ちょっとコンビニ行って買ってくる」
「今から?」
「うん」
だって今食べたいもの。
財布だけ持って出ようとしたら、母さんに呼び止められた。つい、と手渡されたのは五百円玉。
「母さんの分もおねがーい」
「りょうかーい」
俺はうきうきと家を出た。
暗い夜道を歩くと、コンビニに着いた時、目がショボショボするよね!
今なってる!
瞬きを繰り返しながら、目指すのは店の奥にあるアイスコーナー。
ガラス戸の外から探すと、それはあっさりと見つかった。うん、パッケージがすごい目立つ。
ちゃんとあったことが嬉しくて、るんるんとそれを二つ、籠に入れた。
さっさと買って帰ろ。
「あれ? 樹じゃん」
「あ、正悟先輩。奇遇ですね」
レジに向かおうとした所で自動ドアが開いたと思ったら、入ってきたのはなんと正悟先輩だった。
「急にコーラ飲みたくなってさあ。ついでに夜食も買いに来た」
「先輩の胃袋って、やっぱり宇宙空間に繋がってるんじゃないですか?」
「俺もその線を疑ってる。樹は何買いに来たんだ?」
「新発売のアイスですよ」
正悟先輩が興味津津に籠を覗いてきたので、見せながら説明する。
「CMで見て、どうしても食べたくなっちゃって」
「トロピカルティ&ミルク味…… 美味いのか?」
「さあ。食べたことないから分かりませんけど、勘は美味いと言っています」
「まじか。俺も買ってみよう。てか、樹、お前一人で来たのか?」
「そうですよ?」
「……俺もすぐ会計済ませるから、一緒に帰ろうぜ」
「はあ、わかりました」
正悟先輩は俺が肯いたのを見ると、サカサカと手当たり次第のように籠に食料を入れ始めた。
本当、どれだけ食べるんだろう。
「うしっ、樹、帰るぞー」
「どんだけ買ってるんですか……」
コンビニ帰りに両手に大量につまったビニール袋を持つって、大勢で集まる時位しか経験無いな、俺。
「どうせだから買い置きしておこうと思って。今晩では無くなんねーよ、さすがに」
どうしてかな、それを信じきることができない。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、正悟先輩は話題を変えてきた。
「そういや、健はどうして来てないんだ?」
「兄ちゃんですか? 私が家を出た時は風呂に入っていたので」
「なるほどね~」
なんだろ、兄ちゃんに何か用でもあったのかな?
まあ、俺が取り次がなくても、メールで事足りるだろ。
そこからは焼きそばパンの話とかメロンパンの話とか、とにかく取りとめのない話をして歩いた。
「……ああ、もうこんな所ですね」
目の前には塀、道路は左右に伸びていて、典型的な丁字路である。ここを左に進むと俺の家があり、右に進むと正悟先輩の家がある。
「それじゃ先輩、おやすみなさい」
「おいおい、何言ってんの。家まで送るし」
「へ? えー、そんないいですよ」
「だーめ。女の子が夜道を一人歩きとか、危ないだろ?」
「女の子って、先輩……」
ついこの前まで男っだったんですけど……。
「その通りだろ? 良いから黙って送られなさい」
「……はあい」
ぶすっとして言ったら、正悟先輩は笑って、俺の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。
「ちょ、先輩!」
「全く。俺が送るって言ったら、女子は喜ぶもんだぜ? 感謝しろよ?」
くそう、モテ男め! 誰でも喜ぶと思うなよ!
……でも、こういうことさらっと出来るから、モテるのかもなあ。
「はぁ……。イケメンは中身もイケメンなんですね」
「何言ってんだ? そうだ、どうせなら手でも繋ぐか」
す、と差し出された右手には、買い物袋が無かった。見ると、左手に二つ持っている。力持ちですね。
て言うか、
「繋ぎませんよ!」
「えー、お前『しょうにいちゃんとおててつなぐ!』って、よく健泣かせてたじゃんか~」
「いつの話ですか! それ幼稚園くらいでしょ!?」
「あははは」
笑うな!
「っと、着いた。久しぶりだな、お前ん家来るの」
「あー、そう言えばそうですね」
昔は、先輩が家に来ることも多かったのに、いつからだろう。
俺たちが中学に上がってからだろうか。その頃から、めっきり遊びに来なくなった気がする。
……受験生だったもんなあ。
自分の受験勉強の辛さを思い出してしみじみしていたら、レジ袋が太股に当たって音を立てた。
あ、そうだ。アイス、早くしないと溶けちゃう。
「じゃあ、正悟先輩、有難うございました。今度また来て下さいね」
「おう、そうする。じゃあなー」
「おやすみなさい」
踵を返した先輩の後ろ姿を、少しだけ見送る。
中学のころから、大分成長したらしい。記憶の背中より、いくぶんか大きく見えた。
「あ、そうだ樹ー」
突然振り返られて、吃驚した。
「な、なんですか?」
「ブラ透けてたー。ごちそーさまー」
「!!?」
しまったあああああ
部屋着のまま出たから油断してたあああああ!
Tシャツの下にキャミ着てなかったああああああ!
正悟先輩の阿呆! 助兵衛!
「ばかあああ!」
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家に入ったら、俺が買い物に行っていたことに気付いていなかった兄ちゃんに、ものすごく心配された。
あ、アイスは美味しかった。