11.すぷらった……!
月経の話です。苦手な方はすっ飛ばして構いません。
■ ■ ■
「?」
朝、もはや慣れてしまったブラを着ける作業中、胸に違和感があった。
なんか、固い?
押すと痛いし……。
「え……、何か病気、とか?」
頭を過るのは、乳がんの文字。
いやいやいや、あれは確かしこりがある感じで、こんなに張るもんじゃなかった筈だ。
なんでそんなこと知ってるかって? 前にテレビで男もなるって聞いたから、ちょっと調べたことがあったんだよ! 男だからって油断するんじゃねーぞ!
誰かに相談するにしても、母さんか琴美……。ちょっと恥ずかしさもあって、聞きにくい。
具合が悪いわけでもないし、暫く様子を見よう……、そうしよう。
それから数日胸に悩まされたが、またなんてことのない、男の浪漫溢れる柔らかさに戻ったのでほっと一安心。したのも束の間。
俺は体調不良に見舞われた。
■ ■ ■
目覚ましが、耳元で鳴っている。
分かっているのに、動けない。
「う゛~~~」
時計のスイッチにやっと手を伸ばし、カチッとそれを押す。
いつも朝は弱いけど、今日は一段と酷い。
体がだるくて、かなり重い……。まるで、ベッドに沈み込んでしまいそうな、そんな感覚。
「樹ー! 今日も朝練あるんでしょー!? さっさと起きなさーい!」
「あーい……」
階下から呼ぶ母さんの声に、聞こえていないだろう声量で返事をし、気力を振り絞って体を起こした。
なんだこれ、風邪でも引いたかな?
寝ぼけ眼のまま居間に行き、体温計を取り出して熱を測る。
ソファに座ってだらんとしていると、不審に思ったのか、母さんが声を掛けてきた。
「具合悪いの?」
「うん、なんかだるくて……」
ピピッという電子音が聞こえ、体温計を外す。そこに表示されているのは、紛れもなく平熱の数値だった。
「熱は無いなあ……」
「そう? まあ、酷くなったら早退してきたら?」
「うん、そうする……」
熱が無いなら休むわけにもいかない。頑張るぞ、と足に力を入れて立ち上り、顔を洗うために洗面所へ向かった。
■ ■ ■
朝練を終え、教室に着くなり俺はぐだっと机に突っ伏した。
体が重い。なんだかお腹も痛くなってきた。腹にくる風邪だろうか。
「いっちゃん、大丈夫? 良くならない?」
「うー、もう少し様子見る……」
琴美が心配して頭を撫でてくれた。それが気持ちよくて、少しだけ癒される。
とは言ったものの。
一時間目の授業中に、腹痛が酷くなってきた。
なんかもう、まじ、なにこれ。
構文とか、ちょっと、頭に入ってきません……。
「はーい、質問文作れたー? それじゃあ隣の人とそれを使って会話しましょう。Let's start!」
英語の先生の台詞が聞こえたけど、ちょっと理解に時間を用した。つまりなんだ、この新しい構文使って質問文を作るってことをやってるわけですね。苦しんでてそれどころじゃなかったよ……。
仕方ないけど、隣の我妻君がこっちを向いたから俺もそっちを向く。まだできてません、って謝らなきゃ。と思ったら、我妻君が俺の顔を覗き込んで来た。
「遠峯さん、大丈夫? 顔真っ青だけど……」
「え」
何と言うことでしょう。隣の席というだけであまり会話もしたことのないクラスメイトに心配されるなんて。そんなに青いのだろうか。あ、腹痛い。
「ほんとだー! いっちゃん大丈夫?!」
それに気付いたらしい琴美も覗きこんでくる。
大丈夫かって?
「ちょっと……、むり……」
「早く言ってよ! 先生、遠峯さんが具合悪いそうなんで、ちょっと保健室連れて行きます!!」
「あらー、ほんと、顔色悪いわね。夏川さん、お願いね。」
視線を集めてしまい、普段の俺なら恥ずかしいと思うのだろうが、今はそんなこと構ってられない。琴美に半ば抱えられるようにしながら教室を出た。
「琴美、トイレ寄りたい……」
「オッケー。吐きそう? それともお腹痛い?」
「お腹痛い……」
トイレに入り、座ってお腹を抱える。
どうしちゃったって言うんだよ。何か悪いもの食べたっけ?
腹痛に脂汗まで出てきた。
とその時、どろり、と何かが流れ落ちる感触が。
「……?」
不審に思い、恐る恐る便器の中をのぞく。
暫しの思考停止。
「いっちゃん、大丈夫ー?」
ドアの前から聞こえた琴美の声に、はっと我に返った。
「こ、ことみぃ」
「どした!?」
「し、死ぬ」
「えっ、そんなにお腹痛い?! 救急車呼んでもらう!?」
「ち、ち、ち、」
「ち? …………もしかして、いっちゃん生理きた!?」
「へ?」
■ ■ ■
結果的に、その通りでした。
琴美に一通りのレクチャーを受けた俺は、保健室で一旦休ませてもらった。
休み時間には、琴美が痛み止めをクラスメイトから貰ってきてくれたので、それを飲む。はやく痛みとおさらばしたい……。
我が身を呪いながらも時間は過ぎて行き、昼休みになった。琴美と机を合わせて弁当を広げる。
「女の子って大変ね……」
「そうだねぇ。私は軽いからそこまで大変じゃないけど、酷さは体質とその時の体調にもよるかな?」
まじかよー。精神的ダメージでかいぞ、これは。
これが毎月来るとか、憂鬱でしか無い……。
薬のおかげで痛みは消えたけれど、一向に食欲は湧かず、全然箸が進まない。
「そういや、いっちゃん。ここ数日ブラきつかったり、胸張ってたりしなかった?」
「あー、してた。」
「それも前症状だから、覚えておくといいよ。多分、まだ周期安定してないと思うから。」
「まじかー……」
あれは病気じゃなかったんですね。
そうとわかって安心した反面、色々影響が出るということが分かって気分は下降の一途を辿った。
「遠峯さん、具合どう?」
ふいに声を掛けられ、振り向いた先にはクラスメイトの貝塚さんがいた。
薬をくれた人である。
「うん、大分良くなったよ。ありがとう。」
「ううん、良いのよ。私も酷いからさー、常に鞄に入れてあるんだ。この薬は四時間あけて飲む奴だから、一応もう一回分渡しておくね。」
「うわーごめんね、ありがとう。あとで何かお礼させて?」
「気にしなくて良いよ~」
そう言って笑顔で去って行った貝塚さん。
俺は心のメモに、「貝塚さん=マリア」と書いておいた。
■ ■ ■
「え、大丈夫?」
放課後、具合も悪いしまだこの状況にも慣れていないしで、部活を休むことにした俺は、島根さんにその旨を伝えに行った。
「うん……。一晩寝れば良くなるんじゃないかな……」
希望的観測だけど。
「顔色も悪いし、さっさと帰んな? こっちは一人でもなんとかなるし。部長には私から伝えておくよ」
「ありがと。」
うう、みんなの優しさが身に染みる一日だよう。
とにかく、今日のところは帰ろう。
腹を撫でながら、昇降口に向かった。
「あれ、樹。着替えないのか?」
「!」
ぽん、と肩に手を置かれ、声を掛けられる。
振り向かなくても分かる。喜成だ。
「ちょっと、今日は具合悪くて……。部活休むね」
「大丈夫かよ。うわ、顔色悪いな。風邪か?」
「あー、大したことは、無いんだけど」
生理が来ました。
なんて言えるか!
なんだか無性に恥ずかしくなって、顔が熱くなってきた。
「あれ、赤くなった。熱上がってきたんじゃないか?」
「ちっ、違う! とにかく先帰るから! ばいばい!」
「お、おう……」
吃驚した顔の喜成に背を向け、俺は学校を後にした。
もうやだ、恥ずかしい。
だけど、これを母さんにも告げなきゃ駄目だよな、やっぱり。
顔から火噴きそう。
■ ■ ■
家に着いて母さんに伝えたら、「お赤飯炊く?」と聞かれた。
断固拒否したら、ケーキを買ってきてくれた。
夕飯の後に出されて、兄ちゃんが「珍しいね」と言った。
父さんは「美味い美味い」と好物のモンブランを食べていた。
恥ずかしくて叫びだしたかった俺は、薬が切れて復活した腹痛のせいでケーキを食べられなかった。
……母さんが俺の分のショートケーキを食べた。
まあ、良いんだけどね!
それより俺は、どうして女の人の方が男よりスプラッタ耐性あるのか、その原因の一端を知ったよ!
……知りたく無かったよ。