第二話 桜の木
「はぁ…」
「今、幸せ一つ消えたな」
「…なんだよ、それ」
「ため息。一つついたら、幸せ一つ逃げるんだとさ」
「…いつの話しだよ」
「昨日の話し。澪が保育園で習ったそうだ」
「………シスコンあんどロリコン」
「悪いが、俺のタイプは熟女だ」
「いや、威張れませんから!けっして!」
「…もう春なんだなぁ」
「いや、春って言うより初夏でしょ」
「4月なんだから春だろ」
「…お前に情緒とか感性とか求めた俺が馬鹿だった…」
校内に大量に植えてある桜の木を見上げながら、似たり寄ったりな背格好の男子生徒二人は、のんびりと談笑していた。
桜の木は、とうに見所が過ぎており、ちらほらと新緑の葉が明るい桜色の中で見え隠れしている。
暦からすれば、春真っ盛りであってもおかしくないが、桜だけ見れば、初夏の訪れを示しているようにも取れる。
そんな中での始業式。
「はぁ…」
「あ、」
「なんだよ」
「また逃げた」
「逃げたんなら、また捕まえればいいことだろ?」
「……それもそうだな」
「だろ?」
「でも聞いてるこっちが苛々するから、ため息、やめろよ?」
「………………」
「郁斗?」
「…………精進します」
「気長にね」
「……………なんかむかつく」
「ん?」
「なんでもねぇよ」
桜色の風が、段々と淡くなってきた空が、まばゆい新品みたいなの太陽が。「…案外あるもんだな」
「なに?」
「なんでもねぇよ」
嫌だ、嫌だ、と駄々をこねていた時には見つけられなかった、様々なこと。
こんなにも身近にあったのかと、内心笑ってしまう。
「なぁ」
「うん?」
「………なぁ」
「うん」
「また桜見ような、一緒に」
「先ずは大学受験が先だがな」
本当に色気も糞もねぇやつっ!