開戦 (二)
フードに隠れていない双眸は切れ長で、鋭い眼光を放ってヤバネの眼線を凝っととらえている。
そして、女にしては、長身だった。周囲の群集と比較しても、目線の位置が高い。背の高さは、ヤバネとさして変わらない。
「……シャルアリアラ・シャルファフィアナとズジャルア・ダズルダッターは、なみなみならぬ武術の素養があると聞く。
確とはいいきれぬが、おそらく、ヤバネ・ジューロも。なにしろ、あのジューロ家の跡取りだという話しだ。
風評こそ聞こえないが、なにもない……ということも、なかろう」
明かに、飛脚姿の男、ヤバネ・ジューロに向かって、語りかけていた。
「ヤバネ・ジューロはともかく……あとのおふたかたは、高貴な身分でございますからね。
貴族のたしなみとして、乗馬、騎射、槍術に剣術くらいは軽く身につけておいででしょう」
ヤバネも、その女から目を逸らさずに、慎重な口ぶりで答えた。
「これは老婆心でいうのだが、一刻でも早く学生課に出頭するがいいぞ、ヤバネ・ジューロ殿。
実験は、もう始まっている」
民族衣装の女が、片手を掲げる。
その手に、唐突に、長柄の槍が出現した。
人の身長よりも長い柄の先に、両刃の穂先がついている。殺傷能力を持った、「武器」だった。少なくとも、人が多い往来で振りかざすのに似つかわしい代物ではない。
立て札の周囲に密集していた群集が悲鳴をあげつつ、蜘蛛の子を散らすように、わっとその女から離れはじめた。
「……やっぱり、シャルアリアラ・シャルファフィアナ様かよ」
飛脚姿のヤバネは、槍を持った女から目を離さずに、後ろに飛んで間合いを取る。
間合いを取りつつ、素早く冷静に周囲を見回す。
口々に悲鳴をあげつつ槍を持った女から遠ざかった群集は、今度は遠目にこちらの様子を伺っていた。
直接被害にあいたくはないが、遠目からは見物していたい、ということらしい。
こんな時だというのに、まったく、王都の民は物見高い。
ヤバネとシャルアリアラの二人を中心として、ぽっかりと円形の空き地ができており、その周囲を有象無象の群集が取り囲んでいる……という形だ。
「前帝国の皇女様が天下の往来で凶器を振り回すなんて、正気の沙汰ではないですぜ」
ヤバネが緊張感にかける口ぶりで声をかけた。
「シャルと呼ぶがいい。長くて呼びにくかろう」
槍を持った女は、飛脚姿の男にいった。
「それにしても、貴公。丸腰なのに逃げないのだな。
よほど腕に覚えがあるのか、それとも、底の抜けたお人よしか……」
そういった女の目が、笑っている。
「いやあ、実は腰が抜ける寸前で、足腰が思うように動かないもんで……」
ヤバネは、ことさらに軽口を叩く。
「貴公。まだ武紋を受けとっていなかったな。
そういえば、武紋を受け取る前の学生を倒したときの扱いは、聞いていなかった」
いいながら、女は、飛脚姿の男に、槍の切っ先を向けた。
「まあいい。
ことによると、それで失格になるかもしれんが、それもまた一興。
覚悟せよ、ヤバネ・ジューロ殿!」
「ま、待ったっ!」
遠巻きにしていた群集の中から、大柄な男が転がり出てきた。
「こ、この人は、まだ、武紋、受け取ってない。
じ、実験の意味、ない……。
け、経済学部学生、ダウド・ドウナ。た、楯の武紋」
大柄な男が前に腕を突き出すと……忽然とその手に、大きな楯が現れる。
シャルアリアラが槍を出したときと同じ、「唐突さ」だった。




