それぞれの事情(四)
「ダウド・ドウナ。
北州の寒村出身。平民で、奨学生です。それも、官費と私費、二種類の奨学金を支給されています。私費奨学金の方は、郷里の廻船問屋からでていますね。地方の秀才、といったところでしょうか? 地元ではかなり期待されている人材のようです。
いたって温厚、真面目な性格で、学院でもバイト先でも悪い話しを聞きませんでした。
十分な学費を支給されていますが、最低限の学費と生活費だけを残し、自分で働いた分のお金とあわせて、実家に仕送りをしているそうです。
学院の講義がない日は、湾岸で船便の荷受仕事をしています。
そのせいか、武術の心得はないにせよ、筋力や体力には目を見張るべきものがあり。
現在は、バイト先の寮に寝泊まりしているようですね。
この人に賭けている人は、現在のところほとんどいません。
仮に、この人が最後まで残ったとすれば、とんでもない金額が還ってくる大穴になります」
荷受人夫の寮……といえば聞こえがいいが、ようは、タコ部屋に雑魚寝だ。清潔でも快適でもないが、体を横たえて休むことはできる、ていどの。
「ここまでの三人と、ヤバネのあにきを合わせた四人が、今のところ、正体のはっきりしている人たちになりますね。
ええと……武紋、といいましたか?
この四人が、槍、剣、楯、弓……と、なんらかの武具を実体化できる、というのも、本日判明したばかりです。そもそも外野のぼくたちは、この魔法実験とやらがどんな性質のものなのか、今日の騒ぎが起こるまでわからなかった。
残りは、殿下や王子様ほどの有名人はいませんでしたし、所属している学部とかをたよりに聞き込みをしたことくらいしかわかりませんが……」
「いいから、続けろ」
ヤバネは「昼間の騒ぎから今までの短時間で賭場が成立してしまっている」ことに内心で感心しながらも、ユンデルに報告を続けるよううながした。
「では、次は、ユン・ティさん。
宗教史学部、なんてマイナーな学部を専攻しているので、調べやすい人ではありました。あの学部、人数も少なかったし。
で、この彼女。
敬虔なテンロ教徒だそうです」
「マジかっ!」
サンクルが、いきなり大声をだす。
「テンロ教っていったら、非戦の教えを前面におしだした、平和主義者の集まりだろ?
それに、彼女って……おんな、だってのか?」
「……と、いうことで、ユン・ティさんに賭ける人も、ほとんどいませんね。
ダウド・ドウナと並んで、大穴枠になっています」
「女、っていっても、例のシャル様のようなのもいるからな……。
それに、テンロ教っていったら……」
ヤバネには、少々、思い当たることがあった。
テンロ教徒は、手ごわい……と、旧ジューロ組の古株の者から、聞いたおぼえがあるのだ。
一方で、テンロ教が戒律のひとつとして「非戦」という教えをおおきく掲げていることは、事実である。そうした平和主義者の団体が、相応の実力を有していた旧ジューロ組の者から、「手ごわい」と称されている矛盾……。
それに……。
(武紋の効用が、武器の実態化だけとは、限らないんだよな……)
今までに姿をみせた四種類の武紋が、たまたまそういう発現の仕方をしていたとうだけで……ほかのすべても同様の魔法だとは、断言できないのであった。
ヤバネと遭遇していない、ユン・ティなりリッツ・リロンなりの武紋がどういう性質の術式なのか判明していない以上、ヤバネは油断する気にはなれなかった。
ユン・ティについてそれ以上、報告することがないからか、ユンデルは最後に、
「……遠目にみただけですが、東方の民族衣装をしゃんと着こなした、なかなか凛々しい方でしたよ」
とだけつけくわえて、ユン・ティの報告を終えた。
「それで……残ったリッツ・リロンですが……これが、なかなか難物でした。
シャルの姫様やズジャルア王子様ほどではないにせよ、学院のごく一部では知られた有名人で……」
「前に聞いたことがある。
賎民の出でありながら、最年少で魔法塔入りをはたした天才児。
当時、九歳とかいってたから、ええと、今では十一になっている勘定か……」
サンクルも、苦い表情で知識を披露した。
「……四百年をこえる魔法塔の歴史の中でも、きわめて異例の……それこそ、不眠の魔女以来の、逸材だそうだ……」
魔法使いになれる者は、きわめて少ない。
膨大な知識を修めなけれならない……のは、もちろんのことだが、それ以外に、意のままに魔法を操るのには、一種の特異体質でなければならないから……で、あるらしい。
魔法に関する知識を学ぶこと自体は、誰にでもできる。
が、長い年月を費やして身につけた知識を活かせるものは、千人にひとりとも万人にもひとりとも、いわれている。つまり、多くは中年の域に達する年齢で、ようやく「魔法を使う資格があるかどうか?」を確かめる適性試験を受ける資格をえることができる。
だから、魔法使いの数は古来から現在まで、きわめて限られており……その魔法使いたちの巣ともいうべき「魔法塔」に出入りできる者の数も、限られている。
王府の上級役人でも容易に中に踏み込めない、一種の治外法圏となっていた。
王都が四十年前、この土地に遷都してきたのも、魔法塔を少しでも封じ込めよう……との意図をもってのこと、との噂さえ、前々から民草の間でまことしやかに囁かれているほどだった。
実際、遷都とほぼ同時に建築に着手した王立学院の敷地と校舎とは、魔法塔をぐるりと包囲するしている。
まるで学院の敷地によって、魔法塔と、王宮や他の市街地とを隔離すかのように……。
「……十一歳の天才魔法使い、か……」
困惑しながら、ヤバネは、ぼやく。
「なにが出来るのか、出来ないのか……想像ができないな……」
さすがのヤバネも、希少な魔法使いの生態には、通じていない。
ヤバネが目撃したことがある本物の魔法使いといえば、王立学院の学院長も兼任している「不眠の魔女」とか「引きこもりの魔女」とかいわれる、ニッターッタ・タン師くらいなものだ。それも、学院長として入学式の挨拶をしているのを、他の学生と一緒に遠目に眺めたていどだったから、面識がある……とさえ、いえない。「不眠の魔女」のあまりよくない噂は、頻繁に耳に入ってくるのだが……。
「魔法使いってのは、基本、魔法塔に引きこもっていますからね」
ユンデルが、同情がこもった口調でヤバネにはなしかける。
「噂によると、お忍びでこっそり市街地にでる魔法使いも多いそうですが……そういうときは、身元ばれしないように変装しているでしょうし……」
情報が極端に少ないのも、しかたがない……と、いいたいらしかった。
「……そういえば聞き込みをしているときに、奇妙な噂を耳にしました。
その、武紋……アニキたちに植えつけられた術式は、もとはといえば、そのリッツ・リロンが魔法塔の中で発見したものだってはなしで……。
真偽のほどは確認できませんでしたが、王宮の一部と魔法学部周辺の学生たちのあいだで、そんな噂が流れています……」
ユンデルの口調がやけに自信なさげだったのは、裏をとれなかった……ということなのだろう。
「その噂、おれも聞いたことがある」
初歩とはいえ魔法学部の講義を受講しているサンクルが、ユンデルの言葉を裏づけた。
「……妙、というより、不自然な噂……だよな……」
そのような噂を流すことで、得をするのは誰か……と考えはじめるのが、ヤバネの思考経路だった。
「本当か嘘かはとりあえず、おいておいて……王宮と魔法学部の中に、必要以上にリッツ・リロンを警戒してもらいたい一派がある……ってことかな?」
「だと、思います」
ヤバネがこぼしたつぶやきに、ユンデルがうなずく。
「もし、リッツ・リロンを勝たせたいのなら……油断をさそうようにするべきですから。
そんな噂が流れたら、余計な警戒心を煽るだけですよ」
王宮と魔法学部の中に、リッツを快く思わないものたちが一定数いる……ということは、確かなようだった。
(やっこさん、ねたまれているのかな……)
などと、ヤバネは思う。




