(2)
「ええ~!? 意地悪言わないでよ、リューリック!」
「おい。食いながら喋るなといったばかりだろうがっ」
そして私の強い理性に感謝しろ。
私は此処に来てから女に触っていない。
村の女の誘いにものらなかった。
自分で自分を褒めてやりたいくらいだ。
「んぐぐ……はぁ~い。ほら、お口からっぽ! チャキアいい子にして素敵な‘れでぃー‘になるから16になったらお嫁さんにしてね! 約束だよっ!?」
「ああ。16になったらな……チャキア」
「リューリッ……んっ」
チャキアの口に、『約束』をしてやる。
蛙を食っていた口に。
蛙に触れていた唇に。
「……‘約束‘だ」
キス?
キスなんかじゃない。
これは、約束。
この時。
私は絶対に目をつぶってはいけない。
「うん!」
彼女がまだ13才の少女なのだと忘れぬように。
軽く触れ、すぐに離れる。
それを数度、繰り返す。
貪りたくなる衝動を、数で誤魔化す。
「……ガゥ!」
無意識にチャキアを引き寄せようと動いてしまった私の左手を、鋭い爪を持ち、毛に包まれた大きな手が抑えた。
「あぁ、すまん」
助かった。
今、少々まずかったな。
もっとしっかりしてくれ、私よ。
「あ! お母さん、お帰りなさい。見回り、お疲れ様~!」
チャキアの‘お母さん‘は、人間ではない。
猛獣。
種類で言うならば虎だ。
私の国ではその毛皮の美しさゆえに乱獲され、ずいぶんと数が減った動物。
ここでは神の使いと崇められる聖獣。
聖獣?
見た目はただの虎だ。
大きさも、これならば標準の範囲内だろう。
私が兄の命で仕留めたあの虎は、これの倍はあった。
だが、確かにこれは普通の‘虎‘ではない。
なにより、この個体は知能が高い。
喋りださないのが不思議なほどに。
「お母さん、蛙おいしかったよ! え? キキの実が食べごろだったの!? うん……うん、わかった。明日一緒に採りに行くね」
チャキアは不思議な娘だ。
植物や獣と会話し、嵐の襲来を村人に教え。
失せモノを言い当てることも出来る。
この島の人間は、そんなチャキアを生き神扱いだ。
精霊信仰の息づく、この島……<天領>。
幾つかの島からなるこの国の王都は、都島という島にあるらしい。
チャキアの島には三つの集落があるだけで、役所も図書を閲覧できる施設も無い。
村人も読み書きが出来るものは半分以下。
情報が得にくいどころか、手に入らない。
私に言葉と文字を教えた祭司は1ヶ月前に都島に行くと言って島を出て、もどってこない。
祭司は言った。
都島の何者かが、チャキアをこの島から連れ出そうとしていると。
チャキアはこの島から出る気など全くない。
本人がそう言っている。
チャキアに意に反し、無理やり連れ出そうとするならば。
抗うまでだ。
全力で。
この私が。
全ての力で。