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天に咲く島  作者: 林 ちい
星祭り、の日。
3/7

(1)

*この章は、短編『天に降る星』を分割し、掲載したものです。同一主人公達のお話しなので、まとめさせていただきました。

「ねぇリューリック! これ、おいしいね~!」 


 まだ幼さの残る……どちらかというと卵型というより丸い顔に、ふにゃりとした笑顔が浮かんだ。

 黒に見えるその髪は不思議な色で、陽の光の下でなら黒ではなく濃緑なのだとはっきり分かる。

 大きな瞳もまた、肩に流れる髪と同じ濃緑色だった。

 私の国ではこんな色を持つ人間はいなかった。

 この土地でも、彼女だけが特別な色を持っていた。


 容姿だけなら、文句無しに及第点。


 が。


「チャキアは蛙が大好き!」


 その口には、焼いた大蛙の右足。


「……これは西の沼のものか? 東のものより、少し身が硬い」


 味も食感も鶏肉によく似ていた。

 鶏肉よりも脂が少ないがその分、香辛料の風味が引き立っていて確かに美味い。

 チャキアの言うように、蛙は美味い食材だった。


 本日のメインディッシュはチャキアの好物である大蛙だ。

 ここでは陽が落ちる前に夕飯を済ませる。

 そして陽が落ちれば寝、朝日と共に目覚める。

 健康的……原始的といったほうが正しいだろうか?


「うん。リューリックが村長さんのお手伝いに行ってる間に、お母さんが捕ってきてくれたの」


 ばきばきと白い歯で蛙の骨を噛み砕きながら、チャキアは言った。

 チャキアは可愛らしい見た目をしているが、蛙を平気で骨ごと食うような少女だ。


「……成長期の子供には栄養が必要だしな」


 私はとっくに成人しているし、背もそれなりにあるので蛙の骨など食わずとも良い……。

 正直に言うならば。

 私には無理だ。

 硬いからではなく、気持ち的に。


 蛙だ、これは。

 これは、蛙だぞ!?

 私の国では別名<悪魔すら踏めぬ醜きもの>だぞ?


 無理だ。

 嫌だ。

 惰弱な男だと罵られようが、無理なものは無理だ。


 焼いた蛙を笑顔で、骨ごと食う少女。

 そんな女は、私の周りにはいなかった。

 出会った当時は驚きよりもこの少女があまりに不憫で、不覚にも涙が出そうだった。


 まぁ、1年も経てばすっかり見慣れた光景だ。

 魚を生で食べる習慣も衝撃的だったが、今ではまったく抵抗がなくなった。

 思い返すとなれぬ食生活、生活習慣に苦労した1年間だった。

 私はこの1年間ここで生き、チャキアと共に暮らしてきた。


 ここへ来た当初。

 チャキアが私のために用意してくれた食材を目にし、私は途方にくれた。

 泥のついた毬のような芋に兎ほどもある蛙、極彩色の珍妙な魚。

 ほかにも理解を絶するモノを次々と、チャキアは嬉しそうに笑いながら私の前に並べた。

 チャキアがそれらを食って生きているのならば、私が口にしても死ぬことはないだろう。


 食わねば、死ぬ。


 私は生きたかった。

 死にたくなかった。

 腹を下す覚悟で、私は食った。

 顔を歪めて無理に食べる私の姿は‘ご馳走‘だとそれらを差し出したチャキアを悲しませ……傷つけたはずだ。


 私は食生活に一刻も早く馴染めるよう努力し、工夫をした。

 見た目に生理的嫌悪を感じる蛙や蛸などは原型をとどめぬよう切り刻んだり、すり潰して団子にしてみた。

 生魚は苦手な私でも食えるように食用油と酢、そして香辛料と香草で一口大に切った魚とあえてみた。 食い慣れると生臭さすら風味の一つとなり、香辛料等で誤魔化さずとも美味いのだと思えるようになった。


 努力のかいがあり、私は半年後には村一番の料理人となっていた。

 この村の味は素朴過ぎたため、彼等からすれば私の味付けはクセになるほど刺激的らしいのだ。

 最近では近隣の村の行事や集会時に、請われて腕を振るっている。

 おかげでここでは異質である銀髪に青い目玉という見目の私に向けられていた警戒心を隠さぬ視線も、今ではだいぶ緩和されてきた。


 今の私には王宮にある自室に置いてきた剣よりも、包丁のほうがずっと役に立っている。

 まさに、食い物の力は剣より強しだ。


「話しかけた私も悪いんだが……チャキア」


 最近はどの沼で採った蛙か一口でわかる『きき蛙ぶり』に、我ながら拍手喝采したい気分だ。

 ワインの産地を言い当てていた私が、今では蛙の産地を言い当てているのだから。


「食いながら喋るなと何度言わせるんだ? それと……こら、見苦しい。膝を立てて飯を食うな」


 チャキアのスカートは筒状にはなっておらず、大判の長方形の布を身体に巻き帯を締めただけだ。

 フリルやリボンなどの装飾が一切無いそれは、チャキアによく似合っていた。

 深みのある緋色はチャキアの肌を白く見せるし、錦糸の刺繍も華美過ぎず上品だ。

 だが、立て膝などすれば合わせ目から足が多少覗くことになる。


「でも、村のみんなだって」

「チャキア」


 食い物もマナーも、国や土地が違えば異なって当然。

 それはもう充分に分かった、身を持って知ったというのに。


「私は……私が嫌なんだ」


 占領下の街で場末の娼婦達がそうやって男を誘っていた記憶があるせいか、こればかりはどうも許せない。


 --狭量で、すまない。


 心の中で謝った。

 私はチャキアのように、素直にはなれない。


 これは私の我侭だ。

 村の娘達がそうしていようが「そういうものなのだ」で済ませられる。

 だが、チャキアは駄目だ。

 どうにも嫌なのだから、しょうがない。


「うっ……は~い」


 チャキアは細い足をそろえて座りなおし、食事を続けた。

 今度はきちんと全て食べ終わってから私に話しかけてきた。

 チャキアは私と違って素直だ、とても。

 若干鳥頭気味だが、素直だ。


「ねぇ、リューリック」


 私の左袖にチャキアが手を伸ばし、軽く握った。

 この衣類は祭司が用意してくれたものだ。

 ブラウスとジャケットの中間のような長袖詰襟の上衣は、諸事情により肌の露出を最小限にしたい私にとっては最適なデザインだった。

 布地の知識など無い私には素材のことは分からなかったが、見た目以上に着心地が良く涼しかった。


「……なんだ?」


 冬期の外出には必需品だった外套もブーツも、ここでは必要がない。

 手触りが好きで集めていたミンクもセーブルもフォックスも、ここでは単なる敷物扱いになりそうだ。

 今の私には絹のブラウスや高価な毛皮のコートより、祭司の与えてくれたこの衣類のほうが数倍価値がある。


「ご飯食べ終わったらお風呂に行こうよ!」

「風呂?」


 王室専用の工房で作られた皿も、銀のカトラリーも無く。

 粗末な木で作られた床に腰を下ろし。

 装飾の一切ない木製の椀に箸、そして手指を使い食事を摂るなど。


 兄以外に頭を下げる必要のなかった、この私が。

 蛙の肉を食らい。


「お背中、洗ってあげるから。チャキア、頭洗って欲しいの」

「……風呂は陽が沈んでからだ」


 白磁のバスタブではなく。

 野に沸いた湯に入り。

 少女の髪を洗うなど。


「ちぇ~っ……」


 私は自分で髪を洗ったことなど無かった。


「チャキアね、リューリックに頭洗ってもらうの、大好き! とっても気持ちいいんだもん」


 洗ってもらっているなどと、全く思わなかった。

 洗わせてやっているのだと思っていた。


「洗ってやる。だが、風呂で私にくっつくなよ? 決まりを守らないなら、もう一緒に入らない」


 チャキア。

 お前より年下でも、実の親によって私の兄のご機嫌取りのために玩具(・・)として差し出された娘は多い。

 兄と違って、私には少女をどうこうする趣味は無い。

 もちろん稚児趣味もないが……。

 お前はついてるんだぞ?




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