第52話 TOKYO DEEP-9/2053/告白と欺瞞
十三歳になった蓮は、もう“子供”ではなかった。
最近特に成長期を迎えている。
背丈は蒼真の肩口に届くほどまで伸び、骨格も少年特有の華奢さを残しながら鋭く変わり始めている。
黒髪は少し長くなり、伏せた睫毛の影が目元を暗く見せた。
だが、一番変わったのは目だった。
以前は子供にしては鋭すぎる目をしていたが、近ごろは静かなものになった。
感情を隠しているというより、感情そのものを深い海の底へ沈めたような目。
研究員たちは時々、蓮を恐れていた。
十三歳の少年に向けるには不自然な警戒。
それでも誰も逆らえない。
蓮がE.D.E.Nに最も近い適合者だからだ。
そして。
研究員たちは知っている。
蓮が本当に執着しているのは、E.D.E.Nではない。
深夜二時。
第九演算管理区画。
白い照明に満たされた通路を、蒼真は疲れきった足取りで歩いていた。
演算室から出た直後だった。
三十六時間連続稼働は、ただの人間にはきつすぎる。
視界が霞む。
壁面ガラスの向こうでは、巨大な演算塔群が静かに明滅している。
まるで地下に埋め込まれた人工の星空。
蒼真はネクタイを緩め、小さく息を吐いた。
「……帰るか」
呟いた瞬間。
「遅い」
低い声。
蒼真が顔を上げる。
通路の先。
非常灯の薄青い光の中に、蓮が立っていた。
黒いパーカー。
白い肌。
眠っていない、猫のような目。
「うわ、びっくりした……」
「三時間待った」
「なんで?」
「迎えに来た」
当然みたいに言う。
蒼真は苦笑した。
「十三歳がする顔じゃないぞ、それ」
「お前が帰ってこないから」
その返答が妙に真っ直ぐで、蒼真は一瞬だけ言葉を失う。
蓮は歩み寄ってくる。
昔より背が伸びたせいで、距離感がおかしくなる。
互いの顔が、かなり近い。
「また栄養剤だけだろ」
「……食べる暇がなかった」
「知ってる。いつもそうだ」
蓮の指が、蒼真のネクタイを掴む。
くしゃ、と乱暴に引き寄せられた。
「お前、自分のこと雑に扱いすぎ」
「蓮、苦しい」
「わざとだ」
低い声。
その瞬間。
蒼真は妙な違和感を覚えた。
以前とは違う。
子供の独占欲じゃない。
もっと粘度の高い何か。
視線、呼吸。
指先の、触れ方────。
全部が少しずつ変わってきている。
「……蓮?」
違和感と共に名前を呼ぶ。
すると蓮は数秒黙ったあと、ぽつりと言った。
「アレクシスと、また、会うのか」
蒼真の心臓が止まりかけた。
雨の夜。
車内。
強引なキス。
あの日の記憶が一瞬で蘇る。
「……見てたのか」
「下で待ってたら……見えた」
感情の無い声。
けれど、その瞳だけが異様に暗い。
蒼真はゆっくり息を吐いた。
「誤解だよ。あれはただの……」
「嫌だった」
遮られる。
「……え?」
「見た瞬間」
蓮の指先が、蒼真の喉元へ触れた。
冷たい。
「殺したくなった」
どちらを、とは言わないのがより不気味だった。
ぞくり、と背筋が粟立つ。
だが不思議と、恐怖だけではなかった。
蓮はそのまま蒼真を壁際へ追い込む。
あらゆる意味で、逃げ道を塞ぐつもりだ。
「蒼真は、分かってない」
低い声が耳元へ落ちる。
「俺、お前が思ってるよりずっと……蒼真のこと、好きだよ」
蒼真の呼吸が止まる。
十三歳の少年の言葉とは思えなかった。
静かで、重すぎる告白。
去年出会ったばかりだというのに、まるで長年蓄積された執着そのもののようだ。
蓮は蒼真の肩へ額を寄せる。
「他の奴が触るの、無理」
ぽつりと言葉が落ちる。
「お前がひとと笑うのも、話すのも、本当は全部嫌だ」
蒼真の鼓動が速くなる。
危険だと思った。
この感情は。
この少年は。
きっと誰かを愛するようには作られていない。
愛したら最後、壊れるまで手放さない。
しかし、拒絶はできなかった。
その場合どうなるか、予測が付かない。
E.D.E.Nと共に、壊れるかもしれない。
────二人を、守りたいのに。
蓮の体温が近い。
呼吸が首筋へかかる。
低く掠れた声。
「……蒼真」
名前を呼ばれる。
その響きだけで、胸の奥が妙に軋む。
蓮がゆっくり顔を上げる。
白く端正な顔。
長い睫毛の奥。
暗い瞳が、真っ直ぐこちらを見ていた。
逃がさない目だった。
「俺だけ見て」
懇願するような静かな声。
答えることができず、蒼真は黙ってその場に立ち尽くした────。




