第23話 分断
背中に、視線を感じる。
振り返ればきっとまたあの黒い眼が、こちらを見ている。
だが蒼真は振り返らなかった。
動揺に目を見開いたまま、前を見続ける。
「……それ、どういう意味なんだ」
そう言って、再び歩き出した。
迷宮の奥へ。
その背中を見ながら、神崎は静かに呟いた。
「言葉通りだ。……最後の一人になるまで、足掻け」
暗い迷宮の空気に、言葉が溶ける。
足元ちかくにある非常灯が、ジジ、と音を立てて瞬いた。
「もし今回もそれを諦めたなら────……」
珍しく神崎が言い淀んだ刹那、
がり……
……がりがり……がり
……先の通路の奥から、微かな音がする。
何かが床に擦れるような音。
複数の、はげしい呼吸音。
誰かいる。
蒼真の心臓が急に速くなる。
迷宮の奥から、足音が近づく。
ずしん、と床が揺れるほど、重い。
人間の体重で出せる足音ではない。
床のコンクリートを一歩ごとに踏み砕いている。
影が、通路の奥で揺れた。
現れたのは────、やはり異様な巨体だった。
全身、特に上半身の筋肉が異様に膨れ上がった男。
血管が皮膚の下でどす黒く浮き上がっている。
目は赤く、呼吸が荒い。
どう見ても、普通の人間では勝てそうにない。
巨体の男は、ゆっくりと通路を進んでくる。
歩みは遅いがとっくに二人を認識していて、次の獲物と定めたようだ。
わずかな後ずさりすら、赤い目が追い掛けてくる。
がり……がりり……
その時、それがなにを引きずっているかが漸く目に入った。
「……ひと?」
思わず呟いたが、確信は持てなかった。
なぜならそれは、非常に乱雑に────ひとまとめにされていたからである。
「……三人か。もう死にかけてるが、まだ生きてるな」
こん棒のような形にまとめてぎゅっと潰された……人のなれの果てだった。
いつでも呆れるほど冷静な神崎の声に、蒼真は我に返る。
逆側の腕を見ると────、わずかに、曲がっている。
(……あ、こいつ食堂で絡んできた……)
見た目は元の顔面の判別が付かないほどの変貌を遂げていたが、曲がった腕を見ていると誰だか分かった。
以前神崎に腕を捻りあげられていた男だ。
「迷宮のどこかに、ああいう薬物が配置されてたんだろう。……あるいは、既に俺たち以外の全員が狂化されているか」
後半は低く呟かれたせいで聞き取れなかったが、神崎は顔色ひとつ変えていない。
「……ほんっとに落ち着いてんな」
「適正の高いヒトの補充もそれほど容易じゃないだろうに、向こうも焦ってる証拠だ」
「……?どういう事……」
「蒼真。さっき言ったこと、覚えてるな」
ふいに冷たく光る眼できつく見据えられ、蒼真は驚いた。
「え」
「目の前の奴らと俺たちを除けばあと四人。殺す権限が与えられてないお前じゃ厳しいが────、」
「分かる筈だ。ここの罠でもなんでも使え。全員下して、最後の一人になれ」
矢継ぎ早に言うと、神崎は蒼真を自分と化け物とは反対側の通路へと強く押し出した。
「ちょ、それお前はっ、」
倒れそうになったところをなんとか立て直して言いかけた瞬間。
床が、きしんだ。
みしぃっ…… 、ばんっ!
乾いた音。
神崎の拳が、床の仕掛けごと辺りを砕いた。
「行け」
床がわずかに沈む。
次の瞬間────。
ガゴゴゴゴゴッ────!!
轟音と共に、通路の壁が横に滑る。
壁の仕切りが一瞬で閉じた。
ちょうど神崎と化け物、そして蒼真の間に、重い、コンクリートの石壁。
「……は?」
蒼真は呆然と壁を見る。
神崎たちの姿はその向こうに消えている。
通路は完全に分断されていた。
「おい!」
蒼真の拳が壁を叩く。
「神崎!!」
返事はない。
分厚い隔壁のようなコンクリートの壁は、もはやわずかな物音も通さなかった。
蒼真の周りに、不気味な静寂が満ちた。




