第21話 失ったもの
迷宮の通路は、徐々に狭まっているようだった。
コンクリートの壁、むき出しの配管から水滴が滴り落ちる。
緑の非常灯が、かすかに唸りながら相変わらず弱い光を落としている。
血だまりがまだ乾ききらずに床に黒く広がっていた。
濃い、鉄の匂いが漂う。
耳元で囁かれた言葉は、ひどく静かだった。
だがその声は、蒼真の胸の奥を鋭くかき乱した。
おもいだす────、誰かを、何かを────。
血。叫ぶ声。瀕死の自分────。
ぞくり、と背筋を何かが走る。
「……何のことだ」
蒼真は神崎から顔を背けた。
視線を合わせたくなかった。
神崎の声が低く、頭上に落ちてくる。
「夢を見ただろ」
「なんで……、」
答えかけて、蒼真はすぐに視線を逸らした。
「……思い出すことなんて、無い」
嘘ではない。
確かに夢は見た。
だが、それが何なのか、自分でももう分からない。
神崎はしばらく黙っていた。
やがて────、ふっと、指を離す。
そのままズボンのポケットから取り出した黒の皮手袋を装着し始めた。
妙に切迫していた空気がもとに戻る。
蒼真は無意識に一歩下がった。
その拍子に、足元で金属が乾いた音を立てた。
視線を落とすと、血の広がった床の端に拳銃が転がっていた。
いつの間にか取り落としていたらしい。
咄嗟に拾おうとして、神崎の手が先に動いた。
長い指が、黒い拳銃を持ち上げる。
神崎はそれを一度だけ確かめるように見てから、蒼真へと差し出す。
「しっかり持ってろ」
淡々とした声。
蒼真は少しだけ眉を寄せる。
銃はデニムのズボンと腰の後ろ側のベルトの間に挟んだ。
「……うしろから、撃たれるかもとか思わない?」
「お前じゃどうせ当たらない」
そっけなく言って、神崎はコートを拾ってばさりと着込んだ。
(あ……あれ敷いて寝てたのに、礼言うの忘れた)
思ったが、色々と衝撃を受けたので割愛でいいやと結論した。
「……もう絶っ対、あんなことすんなよ」
「……」
「頼むからハイって言え。イエスでも良い。肯定しろ」
「……」
なんとか釘を刺さねばと畳みかけるが相手は聞いていない。
────そういえば。
いつもおかしな幻覚の類のような記憶まがいを見るのは、神崎と過剰な接触のあった後だ。
(俺に何かを思い出させるために、やってるってことか。何が目的か知らないけど男相手に可哀相な奴……)
気付いた蒼真は、好奇心と憐れみが抑えられなくなった。
「ちょっと、なぁ」
「……なんだ」
「手」
言いながら、両手でぎゅっと神崎の皮手袋に包まれた右手を握ってみる。
「……」
「この程度じゃ効果なしか」
神崎がじっとしているのを良い事に、更に正面から軽く抱き着いてみる。
「……」
数秒が経った。
「……これでもダメかぁ。じゃあもうこれ以上は無理だな」
「……」
「手っ取り早く思い出せるかと思ったんだけど……、簡単にはいかないみたいだ」
「……」
「悪かったな……、!?」
蒼真は抱き着いたままぼやいていたが、いざ謝って離れようとすると背中に腕が回った。




