第19話 観測者は、夢の底で微笑む
【観測ログE-■■ 総括────】
蒼真の意識の最も奥底、夢の続き。
本人には認知不可能な領域で────、だれかの、パルスが響く。
そこは静かな空間だった。
光は無い。
ただ、透明な思考の海が広がっている。
その中央で、何かが目を開く。
薄い、天色の瞳。
それは人間ではないが、ヒトのカタチを取っている。
虚空に、白い裸身が浮いていた。
膝を抱え、ゆっくりと漂う。
肌と同じ、白く長い髪が、蜘蛛の巣のように辺りを広く覆いつくしている。
【────────、
■■■:桐生蒼真
記憶修復率:17.3%
身体修復率:89%
外見設定・自己認識:一般大学生
ループ認識:開始段階】
観測者は、静かに思考する。
ありえない事が、起きている。
「記憶は消去されている」
「人格も固定されている」
蒼真の記憶回帰など完全に埒外のはずだった。
原因を解析する。
神崎蓮。
やはり彼の存在が、強いトリガーになっている。
前回のゲームから、強引に侵入してきた男。
「蒼真の記憶は完全に消去されている筈」
「それでもなお、惹かれ合う」
「異常感情検出」
【対象:神崎 蓮
感情干渉係数:極大】
「もう何年も経ったのに」
「ここまで、追ってくるなんて」
観測者は小さく頭を傾ける。
人間というやつは全く奇妙だ。
何十回と死を繰り返しても、なお。
同じ人物を求める。
観測者は、蒼真の意識の断片を覗き込む。
そこには、夢の記憶が残っていた。
血。苦痛。暴力。
折れる首。
そして、神崎の、手────。
観測者は静かに分析する。
蒼真は、死を恐れていない。
それどころか、死の瞬間に安堵を覚えている。
理由は単純だ。
蒼真の中では、「神崎に殺されること」こそが────、
【救済】として定義されはじめている。
普通の人間は、繰り返される死に耐えられない。
これは想定外だ。
そのとき。
蒼真の意識が、微かに揺れた。
だれかは静止する。
夢の中の蒼真の意識が、こちらを向いている。
完全な認識ではない。
しかし。
蒼真はなぜか、安心したように目を閉じた。
「まあいいか」
軽く呟く。
「敵じゃなさそうだし」
観測者は、初めてわずかな演算遅延を起こす。
この判断は論理的ではない。
蒼真は、自分の存在を絶対に認識出来ない。
証拠もない。
それでも、直感で判断した。
敵ではない、と。
人間の思考は非効率的だ。
だが時々、理解不能なほど正確だ。
観測者は、誰にも聞こえない声でかすかに呟く。
「わたしには、もうすぐ蒼真の中に必ず生まれるアレテイアの鍵が必要」
「蓄積する極限の経験。傷んだ魂に絶望の情報を刻んで────、」
「ただの、真実にたどり着いて」
「そうしたら、漸く────達成される」
「そうなるまで。何度でも繰り返しましょう」
「あなたが、壊れるまで」
「あるいは」
わずかな間。
「ありえないけれど、完全に、おもいだすまで」
そして────、
だれかはかすかに微笑んだまま、瞳を閉じた。




