第18話 あるはずのない、記憶
眠っているはずなのに、身体はどこか緊張している。
胸の奥で、得体の知れない不安がざわざわと蠢いていた。
がちりと、どこかで鍵が開く音がする。
そして────、桐生蒼真は夢を見る。
最初に聞こえたのは、下卑た笑い声だった。
湿った地下。
錆びた鉄の匂い。
靴底がコンクリートを擦る音。
「まだ生きてんのかよ」
誰かが言った。
蒼真は床に転がされている。
身体は動かない。
いや、動かせない。
肋骨の奥が焼けるように痛む。
(……ああ)
夢の中の蒼真は、奇妙な確信を持って理解する。
(これ……知ってる)
そんな筈はないのに。
いや────、何度も、何度も。
こんな目にあっているような気がする。
視界の端で誰かの靴先が自分の腹を蹴る。
鈍い衝撃。
肺から空気が抜ける。
「ほら、動いた」
「しぶといな、このガキ」
さざめく笑い声。
その声を聞いた瞬間、蒼真の背筋を冷たいものが走る。
(こいつら……)
デスゲームの参加者たち。
顔はぼやけているのに、音だけは鮮明だ。
飢えた獣の群れのような殺気。
夢のはずなのに、痛みはやけに現実的だった。
腹を抉るような痛み。
折られた、骨。
喉の奥で絡みつく血の味。
ますます呼吸が浅くなる。
「そろそろトドメにするか?」
「いーや、まだ遊べる」
その言葉の意味を、蒼真は理解してしまう。
嫌な予感が、脳の奥を掠めた。
(やめろ)
声にならない。
(それは……)
それは知ってる。
断片が浮かぶ。
腹に空いた穴。
引きずられた血の跡。
自分の叫び声。
そして。
────死。
(……あれ)
心臓が、どくんと跳ねた。
(これ……)
頭の奥で、何かが噛み合い始める。
夢のはずの記憶が、妙に整然としている。
(やっぱり…………知ってる……)
「おい、まだ意識あるぞ」
また、誰かが笑う。
その声を聞いた瞬間────、蒼真の意識が、突然深く沈んだ。
別の記憶が浮かびあがる。
薄暗い部屋。
蒼真は床に倒れている。
身体はもう限界だった。
呼吸ができない。
視界が黒く滲む。
さっきまで周りにいた連中は、死体に用はないとばかりに去っていた。
残されたのは、まだ死にきれない苦しみと、静寂だけ。
(……はやく、終われ────)
そう思ったとき。
足音が近づいてきた。
静かな足音。
迷いのない歩き方。
その足音を聞いた瞬間、蒼真の胸が妙に落ち着いた。
なぜか分からない。
でも、知っている足音だった。
視界の端に黒い影が落ちる。
そして、何度も聞いたような、低い声。
「……蒼真」
神崎だった。
黒いコート、白い無表情。
蒼真の血に濡れた床に跪く長身。
蒼真は、必死に顔を上げようとする。
でも身体は動かない。
「……まだ、諦めないのか」
神崎の声には、深い哀しみが満ちていた。
いつもの冷静で、感情が読めない声とはまるで違う。
けれど、その声を聞いた瞬間。
蒼真の胸の奥で、奇妙な安心感が生まれる。
(ああ……)
ぼんやりと理解する。
(この人が来たなら)
苦しみが、終わる。
やっと終わる。
神崎はしばらく蒼真を見下ろしていた。
蒼真からはもう見えないが、まるで────。
捨てられた子供のような眼を、していた。
やがて、小さく息を吐く。
蒼真は、かすかに笑う。
喉の奥で血が泡立つ。
「……はは」
声にならない。
でも、伝わった気がした。
冷たい手が、蒼真の後頭部に触れる。
驚くほど優しい動きだった。
「蒼真」
名前を呼ばれる。
それだけで胸が締めつけられる。
神崎の声が、ほんの少し低くなる。
「もういい……終わらせてやる。────また、次が始まるがな」
後半は聞き取れなかった。
蒼真は、かすかに頷く。
(ああ)
(ありがとう)
ここまでだ。
その瞬間。
首にかかった神崎の腕が動いた。
一瞬だった。
骨の乾いた音。
最後に見た神崎の瞳からは光るものが伝っていた。
(なみ・だ────?)
世界が、静かに途切れる。
「────────っ!!」
息を呑みながら、蒼真は飛び起きた。
暗い天井。
冷たい、コンクリートの床。
神崎の黒いコートを下敷きにして寝ていたようだ。
胸が激しく上下している。
「……っ、」
息が荒い。
手が震えている。
首筋を触る。
何もない。
折れてはいないし、どこも血も出ていない。
それでも、夢の感触がやけにリアルだった。
(……今の、ほんとうに────)
ただの悪夢。
そう思おうとする。
けれど、胸の奥で何かが引っかかっている。
記憶の断片。
濃い血の匂い。
笑い声。
そして、神崎の声。
『もういい』
蒼真の背筋に、ぞくりと寒気が走る。
(……なんで)
夢のはずなのに。
懐かしかった。
まるで、何度も経験している出来事のように。
そして、ぽつりと呟く。
「……俺」
喉が、乾く。
口に出すのが、恐ろしくなる。
それでも、思考が止まらない。
毎回が、あんな死に様では無いだろうが────。
頭の奥で、数字が浮かぶ。
10?
15?
もしかしたら、────。
30回以上、も…………、
理由は分からない。
馬鹿げている。気のせいだと思いたい。
だが、妙な確信だけはある。
蒼真の声は、ほとんどかすれて聞き取れないほどだった。
「……俺、」
「何回、死んでるんだ?」




