第16話 崩れる、均衡
流れ出る血が、静かに床へと広がっていく。
迷宮の通路に、重たい静寂が沈んだ。
神崎は男の体から手を離した。
断続的に痙攣しているが、もう死んでいるのは明らかだった。
うまく避けたのか、たいした返り血もない神崎は相変わらず白い顔に無表情を張り付かせている。
嗤っていたように見えたのは気のせいだったのかも知れない。
蒼真は動けなかった。
ただ、その光景を見ていた。
胸の奥がざわつく。
現実感が薄い。
だが、確かにまた人が死んだ。神崎が、ころした────。
「……神崎」
ようやく声が出る。
神崎はゆっくり振り返った。
よく見ると、血の飛沫が頬にすこしだけ付いている。
その表情には、僅かな動揺もない。
蒼真は視線を逸らす。
「……」
言葉が続かない。
喉が乾いている。
「言ったはずだ。容赦しないと」
放たれた言葉に、蒼真は床を見る。
血が広がっている。
靴の先まで来ている気がして、思わず神崎から離れて一歩下がった。
俯きながら言う。
「……だからって、…………いつか、後悔するかもしれないだろ……」
無表情が、崩れる。
神崎の視線が鋭くなった。
「後悔?」
蒼真がはっと顔を上げる。
神崎は一歩近づいた。
靴音が静かな通路に響く。
「……まだ、そんな事を言うんだな」
低い声。
「そんなものが、何になる」
蒼真は思わず言い返す。
「俺は全然役に立ってないし口出す資格もないけど、人が死ぬの、平気になりたくない。
お前にも、できれば……そう、思ってほしい……」
一息に言ったが、だんだん尻すぼみになった。
こんな状況では、たわ言を言っているのは蒼真の方だ。
無力を嚙み締めていると、数秒の沈黙が落ちた。
神崎は蒼真をじっと見ている。
何かを確かめるように。
やがて、さらに距離を詰めてきた。
蒼真は反射的に一歩下がる。
背中が壁に当たった。
逃げ場がない。
神崎の手が、蒼真のすぐ横の壁につく。
腕で囲われる形になった。
蒼真の心臓が大きく跳ねた。
「……なに」
小さく言う。
神崎は答えない。
ただ、視線を落とす。
蒼真の表情をじっと見ている。
「お前は変わらないな」
ぽつりと呟いて、神崎は少しだけ目を細めた。
黒い眼の縁が、僅かに色づいた。
「こんな事になっても、まだ……変わらない」
その言葉に蒼真は戸惑う。
ひどく懐かしいような声のトーンに、張り詰めていたものがすこし、抜ける。
「……悪いかよ」
「いいや」
神崎は低く嗤った。肩と、黒いシャツの襟元が揺れる。
その瞬間、蒼真の顎に白い手が触れた。
指先で軽く持ち上げられる。
強引ではない。
だが、逃げる余地はない。
蒼真の呼吸が乱れる。
「かんざ、き……」
名前を呼んだ瞬間、
不意に神崎の顔が近づいた。
唇が、触れる────。
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